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X線の微小ビームを作る

 

X線は光(電磁波)の仲間です.次の図をご覧ください.波長で言うと左の長い方にはラジオ波,マイクロ波,などの電波があります.われわれの目に見える可視光線はvisibleと記載したほんのわずかな領域です.波長がさらに短くなっていくと,ultrvaiolet,softXrays,hardXraysの領域になります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて,X線を集光する凸レンズは作れません.その理由は,X線に対する物質の屈折率(n=1-δ-iβ)が,真空中(n=1)とほとんど同じ[わずかに1より小さい(δ~10^-6,従って,n≒1)]だからです.

物質による電磁波の散乱現象は,電場中に置かれた物質中の電子(それぞれの原子核に束縛されて存在)が,電場と同じ周波数で振動子し,振動する双極子(原子核と電子)から同じ周波数の電磁波が放射されることです.
原子核に束縛されながら振動している電子の周波数(原子の種類jにより固有の値)ω_jが,入射した電波の周波数ωに比べて,可視光線の場合はω<<ω_j,X線領域ではω_j<<ωの違いがあり,これが,物質の光に対する屈折率が1より大きく,X線に対する屈折率が1より小さく(ほとんど1)なる原因です.

■X線に対する物質の屈折率はほとんど1でしたから,物資に入射したX線は屈折せず直進します.しかし,物質の屈折率が,1より小さいので,物質表面で全反射させることはできます.これを利用して,X線を集光する反射光学系がいろいろ作られています.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■もう一つのX線を集光する素子はゾーンプレート

2種類のX線顕微鏡の光学系を上に掲載しました.トロイダル・ミラーやシュワルツシルト光学系が使われる例と,ゾーンプレートが使われる例です.

Hichcock教授のSTXMでもゾーンプレートが用いられています.
以下で,ゾーンプレートの仕組みを解説します.ゾーンプレートは光に対しても,X線にたいしても効果がありますが,光源は単色光(波長λ)である必要があります.

ゾーンプレートは,下図のような同心の輪帯環よりなります.図の黒い輪帯環はX線をストップする金属膜がある輪帯環で,白い輪帯環はX線が通過できる輪帯環です.ゾーンプレート前面に入射するX線は,単色(波長λ)である必要があります.最初の白い輪帯環を通過したX線と,次の白い輪帯環を通過したX線の行路差は,焦点位置でちょうど波長分λだけ異なるようします.他の白い輪帯環でも同様で,すべての白い輪帯環を通り抜けたX線は,焦点までの行路で波長λの整数倍だけずれるようにするので,焦点位置で位相が全部そろい強め合います.こうして,単色(波長λ)のX線が焦点に集光できることになります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

STXMによる有機材料のマッピング

STXM(走査型透過X線顕微鏡)は,有機材料の化学状態のマッピングができる重要な評価技術です.実験を計画されている方々のお役に立つように,私たちの過去の実験(2000年10月)を紹介しましょう.

■私たちは,1粒のトナーの中に練り込まれている有機物分子の分布状態を知る必要がありました.高精細のトナー1粒のサイズは5~10μmです.その1粒のトナー中には,種々の有機材料(レジン,ワックス,色素,電荷制御剤,など)の分子を練り込んでいます.それらの分子がどのように分布しているか観察したいものです.特徴的な元素を含む分子の分布をみることはさして困難な課題ではありません.蛍光X線を用いれば元素分布のマップを簡単に得ることができます.電子顕微鏡でもエネルギーロスEELSで見ることができます.しかし,トナーの場合は,分布しているのがすべて有機物(炭素原子Cが主体の分子)ですから,蛍光X線分析は役に立ちません.
分子内の炭素Cの結合状態の違いで有機材料を見分ける必要があります.分子のC原子の結合状態(1重結合か,2重結合が,π電子系か,どんな官能基が付いているか)で,炭素の1s電子の吸収端近傍のスペクトルの形がわずかにことなることが手掛かりです.炭素1s電子の吸収端は285eV程度ですので,この付近の吸収スペクトルは,軟X線領域(真空中で測定)になり,この実験のできる装置は,2000年当時は,Hitchcock(McMaster大)教授が,米国バークレイの放射光施設ALSに作ったBL5.3.2とBL7.0でした.エネルギー分解能0.1eV,ビームの空間分解能35nmという素晴らしい性能です(aXis2000という解析ソフトも完成していました).これを用いて2000年から数年間共同実験をしました.

 

(写真)左からDr. Araki,Dr. Kilcoyne,Dr. Hitchcock

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸収端のちょっと上の50eV~1000eV程度までの範囲に現れるスペクトをEXAFSといい,吸収原子周囲の配位構造の解析に使えることはご存じかもしれません.一方,吸収端近傍のせいぜい50eVまでは,XANESとかNEXAFSと呼ばれます.原子は吸収端のエネルギーを吸収して,光電子波を発しますが,吸収端近傍では電子波の持つエネルギーが小さく波長が長いため多重反射が起こり,周囲の配位原子に反射され吸収原子の位置に作る電場は非常に複雑なので,EXAFSのように配位構造の解析には使えません.しかし,吸収原子周囲の化学状態に特徴的な吸収スペクトルになり,分子を知る手がかり(指紋のような)になります.

■ここで初期の結果(2000年10月)を紹介しましょう.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2次元にスライスした試料の1点1点ごとに,Cの吸収端付近でX線の波長をスキャンすると,その点に存在する物質分子(一般的に,数種の分子が重畳されている)に特徴的な吸収端に対応して透過X線のコントラストが変化しますから,画面を見ていると物質の分布状態がわかります.上の写真では,エネルギーをスキャンしていくと,赤や青でマークした部分のコントラストが逆転したりして,違う物質が分布していることがわかります.

 

 

 

■用いる数学について

このデータ処理のための数学は特異値分解といいaXis2000で実行します.
X線のエネルギーEのときの,サンプルの点(x,y)のコントラストは,
Σμ_i(E)・t_i(E) ,iは分子の種類,μ_iとt_iは分子iの吸収率と存在量です.
各点(x,y)でΣμ_i・t_iのデータを測定しますが,1画面の測定ができると,エネルギーをΔEスキャンしまた画面の各点を測定するので,Eのステップ数分の各点(x,y)の吸収データが得られます.結局,各点(x,y)でスペクトルが得られたことになります.各点でi種類の分子をどのような比率で混ぜると観測したスペクトルと同じにできるかという問題を解くことになり特異値分解を用います.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究のまとめは,トナー1粒内の立体的な分布の再現です.各スライス断面で測定し解析した分布を積み重ねて3D像を再現しました.

J.Phys.Ⅳ France 104(2003)509, A.P.Hitchcock, et al.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ この装置のゾーンプレートの光学系の仕組みはとても面白いのですが,今回はここまでにします.

エッシャー視覚の魔術師

この記事は,SGK通信No298(2019.12.24)をリメイクしたものです.
その時の感想の抜粋をシネマジャーナルに掲載いただきました.
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/escher-review.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が,映画「エッシャー 視覚の魔術師」を見たのは,アップリンク渋谷で(2019.12.20),
まだ新型コロナウイルスを知らなかったころです.
最近は,新型コロナウイルスの流行で,私たちは映画館から足がすっかり遠のいてしまいました.

『エッシャー 視覚の魔術師』6/28-7/4(土)深谷シネマにて上映決定!!という情報をお聞きしました.
遠出をしないで済む地元の方々は,ご覧になる良い機会かもしれません.

http://fukayacinema.jp/

http://pan-dora.co.jp/escher/

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■エッシャーは数学者といえる
エッシャー(オランダ,2018)の版画作品を見たことのある方は多いでしょう.
エッシャーの作品はどれも数学的でありますが,いくつかの幾何学分野に分類できます.

・錯視や空間認識,
・パズルやテッセレーション,
・非ユークリッド幾何学,
・周期的壁紙模様(2次元結晶学)
などの分野に分類できます.

数学を駆使したエッシャーの作品は良く知っていましたが,
エッシャーがどんな生活をした人物かはあまり気にしたことがありませんでした.

映画では,エッシャーの息子たちへの取材が面白い.
作品にまつわるエピソードの証言があります:
1955年作「表皮」から1956年作「婚姻のきづな」に作品が発展した状況がよくわかります.
ムッソリーニ時代の全体主義に息子が染められるのを嫌い,イタリアからスイスに移住します.
エッシャーの人物像がよくわかる,とても良い映画でした.

■映画の最後の方で,エッシャーが国際結晶学会の講演に呼ばれて行くところがありました.
私の専門は結晶学で,結晶学会では昔からエッシャーの周期的版画を,2次元結晶の教材にしており,
2次元のブラベー格子や,平面群(壁紙模様)に親しむことができます.
結晶学者には,エッシャー作品は馴染み深いものです.

アルハンブラのモザイクには平面群の17種のすべてがあるという説と1種類欠けているという都市伝説があります.
どちらでしょうか?それとも....? 実際にアルハンブラには行って調べて見たいものです.
ペンローズ・タイリングを発見したペンローズも,アルハンブラのタイルからヒントを得たと聞きます.
エッシャーの周期的版画の原点はアルハンブラのモザイク・タイルにあります.
私も,局所的に高い対称性の星型ロゼットをちりばめた,あたかも高次元宇宙からさす影を思わせる
イスラームのデザインに興味をもっています.

映画のエンドロールにスナップ映像が流れますが,その映像の一つに,大道絵師の光景が写りました.
2018年夏,たまたま行ったニューカッスルの通りで見かけた,エッシャー作品ばかり道に描いていた大道絵師のようです.

■エッシャー作品の生まれるまで
コクセターとエッシャーはオランダで開催された1954年の国際数学者会議で出会いました.
1958年にコクセターはこの分割を掲載した論文*をエッシャーに送り,
これがエッシャーの「極限としての円」の作品群を生むことになります.
http://sgk2005.saloon.jp/blogs/blog_entries/view/46/a655be2fc4e933a93af15e269d8b684e?frame_id=54

極限としての円の数学については,以下のブログを参照ください.
http://sgk2005.saloon.jp/blogs/blog_entries/view/46/2e340c06148db50daae618a772629e15?frame_id=54

(参考)美しい幾何学,p142~143

 

美しい幾何学 
谷克彦   2019-09
ものを見て「美しい」と思ったことは誰しもあることでしょう。本書は美しい図形や不思議な図形を取り上げます。まずは眺めて、鑑賞してみてください。どうして美しいと感じ ...

星型多面体

https://i1.wp.com/vectorfield.net/wp/wp-content/uploads/2017/11/PB180047.jpg?resize=880%2C1024

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都庭園美術館,姫宮の部屋

 

 

 

 

 

 

 

■ 星型正多角形(ダ・ビンチの星型)
 下の青や緑の図形は,星型正多角形の例で星型5角形(五芒星)と星型8角
形(ダ・ビンチの星型)です.頂点同士を結んだ赤い輪郭線は,それぞれ正5
角形と正8角形になり,凸多角形(凹所のない多角形)です.星型自体は,星状凸集合(領域内の点で,領域内の任意の点と結ぶ線分が領域内にあるよう点が存在する図形)ではあるが,凸多角形ではありません.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  青い星型5角形について詳しくみていきましょう.頂点Aから辺をA→C→E→B→D→A
と1周りたどると,辺の向き(→)が2回転することがわかります.あるいは,「5角形の頂点
を1つ飛ばしでたどって,2周して始めの頂点に戻る」という言い方もできます.このような
星形を { 5/2 } と表記します.
 星型8角形(ダ・ビンチの星型)でも同様で,右の図形は { 8/3 } です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星型5角形を 5/2 と書くのは,2×360˚/5=360˚/(5/2) だからです.この星型5角形が頂
点で5つずつ集まる { 5/2, 5 } は,星型小12面体になります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■星型正多面体(ケプラーの星形正多面体より)
(1)正12面体をコア(芯)にしてできる星型「星型小12面体」
 右の写真の星型は,東京都庭園美術館,旧朝香宮邸,姫宮の部屋の照明器具にも使われています.
コアになるのは正12面体で,その12個の正5角形の面の上に,それぞれ正5角錘を取り付けた形
をしています.正5角錐の頂点は,それぞれ,芯となる正12面体の面に対応していますから,頂
点を結んでできる図形(赤の多面体)は,正12面体に双対な正20面体です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正5角錐の頂点(例えばA)の周りに,星型正5角形 { 5/2 } が5個集まっている立体です.
芯に正5角形の穴のある五芒星の板を,各頂点で5枚ずつ組み合わせると,この立体になりま
す.したがって,この星型正多面体はシュレーフリの記号で { 5/2, 5 } となります.
 さて,この星型小12面体 { 5/2, 5 } は,プラトンの正多面体(正12面体)を芯にして,その
正5角形の面に正5角錐を貼りつけた形でした.同様に,プラトンの正多面体(正20面体)を
芯にして,その正3角形の面に正3角錘(正4面体)を貼り付けてできる形は, 星型大12面体
{ 5/2, 3 } と呼ばれます.これら2つの星型は,ケプラーの星型多面体とも呼ばれます.序に,
この2つの星型に双対な,{ 5, 5/2 },{ 3, 5/2 } は ポアンソの星型と呼ばれます.
 星型小12面体は,五芒星の面F が12枚,稜の数E が30,頂点の数V が12ですので,
F−E+V= −6( 私たちの知っているオイラーの多面体定理では2)となります.これは星型
小12面体の空間が,球の位相と異なり,穴が4つ空いた浮輪と同じ位相であるためです.
(穴が1つ開くごとにF-E+Vは2づつ減ります)

 美しい幾何学,p152-154

 

 

格子

--研究したのはガロワと同級生だったこともあるブラベーBravais(1848)--
■ 周期(デジタル化で生じる),格子,並進群
2次元世界では,互いに独立な2つの基本並進ベクトルが採れます.これを$$a, b$$(両者の長さが同じときは$$a_1,a_2$$と書く)としましょう.
$$a,b$$の整数係数の1次結合をすべて集めた $$ T={h・a+k・b| h,kは整数} $$を,
この平面の格子点の集合(あるいは単に“格子”)といいます.
集合$$T$$は無限集合になりますが, 群の条件を満たしており,$$T$$を並進群とも呼びます.格子を発生させる源となった$$a,b$$の組みの対称性で,格子のタイプが分類できます.これを研究したのはブラベーBravaisで,3次元のブラベ格子は14種であることを数え上げました(1848年).
ブラべ格子とは,結晶点群の対称性を基準に,格子のタイプ分類をしたもの2次元のブラベー格子は5種類,3次元では14種類,4次元では64種類あります.今回のシリーズでは,よく理解できることを優先し,すべて2次元世界に限定して話を進めています.

■ 図の見方

格子点が並んでいます.この格子は,ベクトルa,bの一次結合で生じます.
格子点の1つを原点にし,自分に隣接する格子点と結び,それを垂直2等分する線で囲まれた領域をディリクレ胞(あるいは,ウイグナー=ザイツ胞)などと呼びます.ディリクレ胞タイルの形は,このタイルで平面を隙間なく埋め尽くせる形です.格子の対称性は,ディリクレ胞タイルの形に反映されています.ディリクレ胞は格子点をただ1つ含みます.単位胞というのは,並進の基本ベクトルa, bで囲まれた平行4辺形のことで,格子点を1つ含む単位胞は(one point cell)と呼ばれ,この場合は単純格子pになります.複数の格子点を含む単位胞は(multi point cell)で,複合格子(体心格子I,面心格子F,C面心格子C,A面心格子Aなどが3次元以上で出現)になります.2次元世界では,面心(or体心)格子(私はここで”菱形格子”と名付けました)だけが複合格子です.複合格子というものは,図形の特徴を見やすくするためだけのものなので,複合格子(multi point cell)をいっさい用いず,単位胞の格子(one point cell)だけで統一することもできます.

■5つの2次元ブラベー格子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美しい幾何学,p50~51, p54~55

壁紙模様p3m1とp31mの違い

壁紙模様の対称性は,平面群で17種類に分類できますが,平面群p3m1とp31mの対称性はとてもよく似ています.
以下の2つはともにエッシャーの作品です.比較鑑賞しましょう.

     p3m1                         p31m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらも3回回転対称のある繰り返し模様ですが,鏡映面の入り方に違いがあります.
白い線は鏡映面です.
P31mの方には,鏡映面が集まっていない3回対称軸がありますが
P3m1の方の3回対称軸の場所には,鏡映面が集まっています.
両者の絵から受ける微妙な印象の差は,図のモチーフもあるでしょうが,このような対称性の違いの影響もありそうです.

■正三角形の鏡室の万華鏡を作ると,p3m1の壁紙模様が観察できます.
しかしながら,p31mの壁紙模様は自然には得られません.
その理由は,p31mでは鏡室の内部の図柄が3回対称である必要があるからです.
鏡室の図柄は,ガラス屑が自然に分布して作る図柄なので,
それが3回対称であるなどという偶然はあり得ません.

  p3m1の例 万華鏡映像                  p31mの例  石英の結晶構造

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注)平面群の記号p31m,p3m1の記法について:
p:単純格子,3:紙面に垂直な3回回転軸,
単位胞の辺(並進方向)に垂直な鏡mの有無,その他の方向の鏡mの有無,
(鏡のないときは1と記す)

 

美しい幾何学,p.100,p.110~112

万華鏡の数学

■万華鏡映像の美しさが我々の心をとらえるのは,「空間の完璧な対称性」のせいだけではありません.時間の流れとともに映し出される「千変万化だが一度きり」の映像に,生命を感じるからでもありましょう.
ワンドの中を降り行くすべてのガラス屑の運命は,運動方程式ですべて定まっているとはいえ,ときおりカオスの起こる期待に目が離せません.万華鏡は,対称性(秩序)とカオス(乱れ)の混在が魅力なのです.そして,合わせ鏡が生みだす完璧な秩序は,無限に繰り返される“結晶世界”に迷い込んだようでもあります.
万華鏡 “カレイドスコープ”は,物理学者ブリュースター卿の特許(1817)[発明は1816年]が起源です.特許には,2枚の合わせ鏡の交差角θ°が,360°を偶数で割り切る角度にする:
$$360/θ=2n$$,だたし,$$n=2,3,4,・・・$$ということが書かれています.


■平面群と市松模様
本来の市松模様はチェス盤のように正方格子が交互に塗り分けられたものですが,
3角格子などの場合でも交互に塗り分けられていれば市松模様と呼ぶことにします.
Fig1 


これらは皆,市松模様と呼ぶことになります.頂点で偶数個のタイルが会合している場合に市松模様が作れます.この状況は,ブリュースターの特許の「合わせ鏡の交差角θ°が,360°を偶数で割り切る角度」と同じことです.


万華鏡は鏡(位数2の対称操作)の組み合わせだけで作られます.
物体が1回鏡で反射すると鏡像(向きが裏返る),2回反射すると鏡像の鏡像になり始めの向きと同じになります.
市松模様の黒-白は,物体のある鏡室タイル(グレイ色)と同じ向き="正置像”を黒;鏡像=“裏返像”を白に塗り分けています.

■正方形の鏡室の万華鏡がつくる市松模様
Fig2 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_8_m?1446474652
図(1)万華鏡の鏡室タイルをグレイの正方形とします.
鏡室のフチの赤線は鏡(4枚)です.
図(2)1回の反射で4個のタイルの裏返像(黄色)が生まれます.
図(3)2回の反射で,その外側に8個のタイルの正置像(緑色)が生まれます.
図(4)3回の反射で,その外側に12個のタイルの裏返像(黄色)が生まれます.
このようにして,鏡室タイルはその鏡像を全平面に広げて行き,
平面を市松模様で塗りつぶします.

■3角形の鏡室の万華鏡は市松模様をつくるか?
Fig3 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_9_m?1446474652
1.左図の鏡室3角形ABCは90°30°60°の3角形です.
各頂点で3角形が偶数個集まっています.3つの頂点のまわりはどれも市松模様ができており,
全平面が市松模様であることがわかります.
2.右図の鏡室3角形ABCは45°60°75°の3角形で,
AおよびBのまわりは3角形が偶数個集まりますが,Cのまわりでは偶数個あつまりません.
そのため,全平面では市松模様が出来ないことがわかります.
3.鏡映操作の集合が平面群を作っている場合は,全平面が市松模様になりますが,
逆に,市松模様が何処かで乱れているなら,その鏡の組み合わせは平面群が作れない場合です.
そのような万華鏡のもう一つの例を(Fig4)に示します.
Fig4 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_2_m?1446474652

イスラムの数学と都市の発展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ゼロとアラビア数字
最古の記数法は五進法だそうです.5をひとまとめにしたものを「1クワイン」といいました.バビロニアには60進法,20進法を使ったところも,12進法を使った場所もありました.「1ダース」です.
12は約数が多いので10より便利なところがあります.けれども,大勢は10進法に落ち着きました.われわれが指を折って数えるところから10進法が各所で使われるようになったと推測されています.
10進法での記数法には0と1~9までの数字が必要です.これからアラビア数字の起源に思いを馳せるわけですが,0と1~9までの数に対応する何らかの記号があり,それ以前に十進法が確立していなければなりません.
参考書:「アラビア数学奇譚」マオバ・タハン(越智典子訳)白揚社
■イスラムの数学
フワーリズミー(780頃~850頃)は、アッバース朝のバクダッドで活躍しアラビアの数学を確立した代数学の創始者です.
彼の時代のバクダッドをのぞいてみましょう.
ゼロの役割には,位取りの役割と4則演算の対象となる数の役割があります.まず位取りに関していえば,この時代,大勢は和算もイスラムも10進法でありましたから,数を表示するには,・・・・,十万,万,千,百,十,一,の位の場所に,0~9に相当する数字を書いたり,
マッチの軸木のような算木を置いたり,そろばんでは玉で表示したりします.どんな記号を使っても似たようなもので,ゼロの記号がないときはその位は空にしました.アラビア数字に関しては,エジプト,インドから
伝えられたゼロの概念がイスラムで発展しヨーロッパに伝わり完成されたという流れでしょう.
どのような数字でもかまいませんが,0があると空を位取りの場所に配置するよりも明瞭に数字を表示できます.
これが位を明瞭にするので,十,百,千,万,十万,百万,千万,億,...と際限なく単位が必要になることが避けられます.これはイスラム数学の画期的な成果でしょう.
次に,4則演算の対象としてのゼロについてです.分数全体の集合(=有理数)の中で4則演算を自由に行えます.
ただし,ゼロで割ることは禁じられていますのでご注意ください.
ギリシャでは幾何学が盛んでしたが,イスラムの数学ではアラビア数字の記数法を用いて,代数や方程式が進みました.
特に,三角関数が生まれて発展しました.われわれが高校で学んだ加法定理や倍角の公式やそのほか様々な三角関数の公式が証明され,本が出版され,三角関数の数表も発行されました
■平和の都,バクダッド
1100年前のバクダッドは人口100万人の世界最大の都市でした.
その賑わいはまさにアラビアンナイトの世界です.イスラムの教えのもとに
“平和の都”と呼ばれ,アッパース朝宮殿は建築工学,幾何学の粋を集めます.イスラム帝国は,東ローマ帝国と中国(唐王朝)の間に位置し交易に便利です.コーランは“神は商売を許したもうた”と商業を奨励し,売買の証人たる仲介人がいて契約と公正な取引が行われたそうです.
最古の小切手(エジプトの商人が振り出した)も発見されています.
チグリス川とユーフラテス川の間に円城都市(直径2.3km)が建設され,
これを中心とする見事な中央集権行政システムが出来上がりました.
バクダッドに集まる4本の街道は東西南北に延びヨーロッパはスエーデンまで交流があったということです.
(バイキングも正式に貿易しイスラム銀貨が流通しました)
■科学や医学,都市の発展
8世紀に成立したアッバース朝では,カリフや宮廷のワズィールたちが保護をうけ,第7代カリフ,マアムーンが創設した研究施設バイト・アル=ヒクマ(智恵の館)には多くの科学者が集まり,ギリシャ科学のアラビア語への翻訳が進めらました.マアムーンに仕えた科学者・数学者のひとりが,
フワーリズミー(780頃~850頃)でした.
科学では,古代エジプトに起源を持つ錬金術の実験が繰り返され,元素記号が生まれ,文学では,アラビアン=ナイトが生まれ,唐で発明された製紙法もキルギスの戦いの際に伝わりました.
バクダッドには100軒を越す書店があったそうです.
百花繚乱.当時のバグダードのにぎわい言ったらすごい.見たかったですね.イブン・シーナは最先端医学の医学典範を著し,世界初の総合病院がバクダッドに作られました.
病院は寄進され,その運営費も,周辺の市場の売り上げ寄付で行うワクフという相互扶助の制度が,公共施設を支えたそうです.
円城都市を中心に,モスク3万,多くの市場と市場には100店を超す店があったそうです.500年間繁栄したイスラム帝国は,1万2千のモンゴル軍により滅亡しました.チグリス川は血で染まり,本のインクで青く染まったそうです.
アラビア語に訳されたアリストテレスなどギリシャの古典や発展したイスラムの科学は,その後ヨーロッパに伝わりラテン語に翻訳されルネッサンスが花開きます.
参考:

ドキュメンタリー 文明の道「第06集 バグダッド 大いなる知恵の都」
https://www.youtube.com/watch?v=ehEuTnLfOME&feature=share

群論という数学

■群の考え方は色々な数学分野に現れます.そして,群論が適用される対象も様々な分野にあります.
群論を作ったのは天才ガロアで,群論は代数方程式の解法にかかわって生まれました.2次方程式,3次方程式,4次方程式は,その解法が発見されていましたが,5次方程式の解法はどうしても見つけられないでいた時代のことです.
f(x)=x^5+ax^4+bx^3+cx^2+dx+eという5次式は,連続なグラフで,
xが負の方向に絶対値が大きくなれば,f(x)<0,xが正の方向に絶対値が大きければ,f(x)>0になるので,グラフy=f(x)はどこかでx軸を過るはずです.5次方程式f(x)=0には必ず1つの解xが存在し,そのxは係数で表されるはずだと誰もが思っていました.しかし,係数の加減乗除と冪根で表せる解は存在しなかったのです.1820年,アーベルは「5次以上の方程式には解の公式は存在しない」という証明を自費出版しました.アーベルは注目を浴びることなく1829年結核で死亡します.
根の対称性に注目し,群の理論を作り,これを証明したのはガロワですが,ガロワはこの証明を残して,決闘の銃弾により20歳で死亡します.1832年のことでした.
群論が生まれるまでに,ラグランジュ(1770),コーシー,アーベル,ガロア(1832)が関わっています.

■群論が生まれたのは,方程式の解法に関する分野でしたが,
群の概念は,正多面体の対称性(シンメトリー)と相性がよく,この応用の現場で群論を理解するのが良いと思います.結晶は原子や分子で構成される周期的な世界です.無限に繰り返す周期的な空間(結晶空間とも呼ぶ)には,構造の単位となるものが存在し(単位胞と呼ぶ),単位胞が周期的に積み重なって周期的な空間を作ります.単位胞を1つの点で表示すると,周期的な空間は点が配列した格子になるでしょう.つまり,周期的な空間は,(連続な空間ではなく)デジタル化された空間であるといえます.
結晶空間という舞台は,対称操作の集合が作る群という数学系が活躍するのに絶好な分野です.というわけで,結晶空間で群論が活躍するのを具体的に見て行きましょう.

■古典的結晶学について
水晶のいろいろな面の大きさは個体ごとに違うが,「対応する面どうしのなす角度を測ると,どの水晶でも同じ値だ」ということを発見したのはステノ(1669).この現象を,多くの鉱物で調べて「面角一定の法則」としたのは,ロメデリル(1772)です.
この法則は,「結晶の内部構造に原因がある」と洞察したのがアウイ(1783)で,彼は「結晶には単位胞が存在し.この単位胞が繰り返し並ぶブロック細工のようなものだ」と推論しました.
19世紀に入ると,結晶に座標軸(結晶軸)を導入し,結晶面に指数をつける方法が種々定義されました.それらの方法のうち,ミラー (1801~1880〉によるミラー指数が,今日,最も広く用いられています.
「その結晶の単位胞の形に合った座標軸を決めると,すべての結晶面のミラー指数は,簡単な整数で表せる」=結晶面の有理指数の法則といいます.
これは,アウイの述べた「結晶=ブロック細工説」を裏付けるすることにほかなりません.
この時期には, 結晶面の方位(=結晶内部に置いた原点から,各結晶面へ垂線を立てて,結晶内部の原点を中心とした単位球表面に投影する)を,2次元平面へ写像する種々の等角投影法(ステレオ投影など)も生まれています.
3次元の結晶点群は32種(ヘッセル,1830〉,3次元の空間格子(結晶格子)のタイプ=ブラべ格子(1848)は14種が数え上げられ,続いて,3次元の空間群の夕イプが230種であることが,フェドロフ,シェンフ リーズ,バーロー(1885~1894〉により(3名は互いに独立に研究した)数え上げられました.これらは,すべてX線の発見(1895)以前の純粋な数学的業績であるのが興味深いことです.ラウエの回折実験(1912)は,結晶が周期的な内部構造であることの決定的な証拠です.

ーーーーー
今後の計画

空間群をΦとすると,並進群(格子)Tは,空間群Φに正規部分群として含まれるので,並進を法とした群Φ/Tは,点群Gに同型である.ということを徐々に説明します.

ピエールキューリーの原理という因果律

キューリー夫人は皆さまご存じでしょう.マリ・キューリーの夫の
ピエール・キューリーは,私の最も好きな科学者の一人です.
キューリーの原理も学生の頃からずっと心を奪われている事柄です.

水晶などの結晶に圧力をかけると電位が発生する圧電効果(ピエゾ効果)の発見で有名です.水晶振動子はこの性質を使ったデバイスです.
半導体や誘電体など色々な材料で,色々なデバイスが作られます.
例えば,半導体結晶を舞台にして,光子や電子が演じるパフォーマンス
を制御利用して,種々の半導体デバイスが作られます.舞台となる結晶世界は周期的なデジタル世界です.(周期的な空間は「結晶空間」とも呼ばれます)
周期的空間の数学(対称性)はとても重要で魅力的です.
この分野では,フェドロフ,シュブニコフ,ベーロフ,ザモルザエフなどの学者を輩出したロシアに伝統があり,1970年代にはロシアの本を一生懸命勉強したものです.

結晶の幾何学(古典結晶学の歴史)を,速足でレビューしましたが,
ここで,「キューリーの原理」について紹介しようと思います.

色々な「系(もの)」や「そこで起こる現象(こと)」の理解に,「対称性」の考え方が使われます.
ピエール・キューリーは,“結晶という舞台”で起こる”物理現象の対称性”を研究しました(1894).水晶結晶の圧電効果(対称心のある構造では起こりません)はその例です.
「舞台の対称性は,その舞台で起こる現象の対称性に反映されるべきだ」という因果律は,キューリーの原理と呼ばれます.
色々な分野で,原因(舞台)と結果(現象)のそれぞれの対称性の間でこの因果律がなりたちます.例えば,原因(結晶)の対称性G_cryst,結果(その結晶で起こる現象)の対称性G_pとすると,G_cryst⊆G_pです.
この逆が成り立たないのは,結果には注目している原因の他にも別の原因が反映されてもかまわないからです.
例えば,結晶にX線ビームをあてたとき,結晶を通過したX線の作る回折パターンの対称性には,その原因となった結晶の対称性が反映されています.
あるいは,運動量保存則が成り立つのは,空間が無限に広く一様であり,
平行移動しても環境が変わらないからです.
エネルギー保存則が成り立つのは,時間に関して変化がない時です.

因果律のいろいろな例を思いつくでしょう.舞台環境とそこで生きる生物の形.結晶構造とそこで起こる物理現象.万華鏡の鏡室と生じる繰り返し模様.こられもみんな対称性の因果律が支配しています.

「もの」や「こと」の対称性とは,変換をほどこしても,「もの」や「こと」が全体として変わらない性質のことで,
例えば,回転や鏡映で系全体が不変なら,その系には回転対称,鏡映対称があるといいます.

音楽や詩歌の形式や韻律.
絵画,壁紙模様,タイル張り模様,建物,などのデザイン.
.....,芸術を始め色々な分野で,対称性の考え方が役立ちます.

感染拡大ミクロモデルとスマホアプリ

■2008年8月4日に上智大が主催した数学月間参加プログラムで,
「感染症対策における数理モデルの役割」大日康史(国立感染症研究所)
という講演がありました.
数理モデルによる感染拡大のシミュレーションは,新型インフルエンザやバイオテロなどの対策の有効性評価に必要です.数理モデルには,SIRモデル,ibm(IndividualBasedモデル),Ribm(Realibm)などがあります.本研究で用いたRibmとは,実際に調査した個人の移動,所在の記録データ(首都圏では88万人)にもとづき,6分ごとに人々の接触状態(感染の機会)が定義されるものです.新型インフルエンザには,種々のタイプがあり鳥類間の感染は起こるが,鳥から人への感染は血液の濃厚接触などの場合に限られる(豚と人の感染するインフルエンザのタイプは似る).人に感染した場合に,人から人への感染が始まり拡大していく.[注)Covid-19は,また別のタイプで異なる数理モデルの開発が必要です]

このシミュレーションに用いたのは,例えば,以下のシナリオでした:
(第1日)初発例が外国で感染.(第3日)帰国.帰宅後(八王子)感染性を持つ.(第4日)出社(丸の内).発症.(第5日)国際医療センターに受診.東京都健康安全研究センターで検査診断.(第6日)対策へ:
このシミュレーションの結果として,
首都圏への感染拡大の様子や全国への拡大の様子が示されました.どのような対策(外出自粛,地域閉鎖,休校,住民全員が予防服用,....)をとると効果があるかを予測できるシミュレーションでした.


この現実的なシミュレーションのシナリオには,首都圏での人の動き(動態調査)のデータが使われています.
このような,人々の接触を考慮した感染拡大のシミュレーションはミクロなシミュレーションといいます.これに対して,統計集団としての陽性率,罹患率などのマクロな量の変化を追うのはマクロなシミュレーションといいます.

■つぎは,英国のハスルミアで行われたスマホアプリを用いた動態調査の実験です.インフルエンザ感染拡大のミクロなシミュレーションに必要な動態調査は,スマホアプリを開発して2018年になされました.それは以下のようなものです.
英国の全国的な市民科学実験は,BBC Pandemicというアプリを使いました.このアプリは,App StoreまたはGoogle Playからスマートフォンにダウンロードできます.
アプリを使用して,ボランティアは次の2つの研究に参加できました:
(1)サリー州の町ハスルミア(ロンドンの近く)に焦点を当てたもので,それはかなりの数の人々を登録するキャンペーンでした.ボランティアのスマートフォンの位置の連続3日以上の追跡を許可を得て実施します.
(2)英国全体の規模の大きい調査は,許可を得てボランティアが選んだ24時間にわたりボランティアの毎時の位置(1km^2のメッシュ精度)を記録します.

各研究期間の終わりに,ボランティアはその期間中に遭遇した人を入力するように求められます.

記録された移動データと自己申告した接触データとで構成された国のデータセットのみを取り出します.このデータを使用して,インフルエンザの蔓延に関する数学的モデルを開発し,それによってインフルエンザのパンデミックがどのようにイギリス全体に蔓延するかをシミュレートするのが仕事でした.

このバーチャルの大流行は,イギリス南部のサリー州にある町ハスルミアで始まり,番組シナリオに従い,BBCドキュメンタリーのプレゼンターはバーチャル実況をしました.ハスルミアで収集した詳細なデータは,バーチャルな国内感染爆発の火種となるハスルミア内の感染爆発のシミュレートに使用されました.結果の感染拡大地図(Kissler,Klepac, Tang, Gog,2018)を見るとロンドンで始まった感染は,何の規制もしなければ1週間でニューカッスルまで広がるようです.

 

 ■しかし,Covid-19では全く違う(まだわからない)

パンデミックの感染拡大は,インフルエンザとコロナウイルスで似ているようで,非常に異なるところが多いのです.上で述べたミクロなシミュレーションは2018年以前のCovid-19出現前のインフルエンザに対するものであることを再度強調しておきます.ご注意ください.
Covid-19はかなりの潜伏期があり,何の症状も示さずに感染している可能性があります.発症までに,インフルエンザの場合は数時間,コロナウイルスの場合は数日かかる可能性があります.そして,無症状の感染源があるので非常にやっかいです.潜伏期の考慮は本質的に重要で,単純なSIRモデルではなくSEIRモデルになることを,Gogらが指摘しています.そして,Gogらはインフルエンザで開発した感染モデルと全く違う感染モデルを作らなければならずまだ研究中です.

クバンチクの問題1

なかなか面白い手頃な問題を引用します.

(問2)

3人の農民が宿に入り,休憩と食事をしました.彼らはホステスにジャガイモをゆでるように命じた後,眠りました.ホステスは客を起こさなかったが,ゆでたジャガイモをテーブルに置いて去りました.
まもなく,彼らのうちの一人Aが目を覚まし,自分の分け前を食べ,そして再び眠りに落ちました.
それから二人目の農民Bが目を覚まし,ジャガイモを数え,1/3だけ食べてまた眠りに落ちました.
それから,三人目の農民が目を覚まし,自分が最初に目を覚ましたと仮定して,ジャガイモを数えて1/3だけ食べました.
それから彼の仲間たち全員が目を覚まし,まだ8つのジャガイモが残っているのを見ました.3人はこれからそれぞれ何個のジャガイモを食べれば,最終的に公平に同じ個数のジャガイモ食べたことになりますすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(問3)

数学者は庭のプロットでヤギを飼っています.彼は,20 mの長さのロープの一端を結び付け,他端はヤギの首に結びました.ロープの中間は,フェンスに沿ってスライドできるリングにするワイヤーに沿ってスライドできるリングを通してあります(図を参照).結局,ヤギは移動できる範囲にある草を全部食べました.ヤギの到達範囲の境界となる弧を描きなさい.
図の説明 
дерево(木) ,кольцо(リング)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クバンチクの問題2

クバンチクの問題は,小中学生が対象ですが無理のない興味ある問題です.
第一に必要なのは,問題の意味を理解する読解力です.

■クバンチクの問題1(私の解答例)
クバンチクの問題は解答が定まるとは限りません.解答は5択の選択肢があります.クバンチク問題1として前回紹介したのは解答できる問題の例でした.私の解答例をここに掲載します.

●問2
全体をXとして,Aが食べた後の残りはX(2/3),続いてBが食べた後の残りはX(2/3)^2,さらにCが食べた後の残りはX(2/3)^3=8個でした.
従って,Cは4個食べ,Bは6個食べ,Aは9個食べています.
Aの9個は全体の1/3に相当します.B, Cも9個づつ食べられますので,Bは後3個,Cは後5個食べられます.こうして8個の残りはBとCが食べてなくなります.

●問3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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■クバンチクの問題2

今回はクバンチクの問題2として,新たな例題を3つ紹介します.これらはみな2016年の年間ツアー(毎月4~5題を出題)で出されたものです.
挑戦してください.私の解答は,C,D,D です.

●問:島で
島の成人男性の40%と成人女性の60%は未婚です.島の成人人口のうち,結婚していない割合はいくらですか(一夫多妻制および同性婚は島では禁止されています)?

 

解答選択肢
A. 48%
B. 50%
C. 52%
D. 68.5%
E.結婚について考えるのは早すぎる

 

 

 

 

 

 

 


●問:都市計画
図は,ある都市の道路地図を示しています.合計2つの環状道路(共通の中心を持つ2つの円)と,この中心で等しい角度で合流する6つの道路があります.バーシャ(名前)は,AからBへの行き方を考えています.外部環状道路または内部環状道路を通る2つのルートのうちどちらが短いですか?

 

 

解答選択肢
A.同じ
B.内側の円
C.外側の円
D. 2つの円の半径の比率に依存
E.地下鉄はまだ速いです!

 

 

 

 

 

 


●問:平均速度
2つの山村AとBの間の道路は,上り坂または下り坂のどちらかになります.古いバスは,上り坂では平均時速30 km / h,下り坂では平均速度60 km / hです.AからBまで行き来する通しの平均速度はいくらですか?

 

 

解答選択肢
A.時速40 km
B. 45 km / h
C. 50 km / h
D.明確な答えを得るための十分なデータがない
E.古いバスは間違いなく道で壊れます

 

 

クバンチクの問題3

私はこの問題が気に入っています.中学生向きですが,読解力と身に着いた科学的な常識があれば解けます.算数・数学というのは,数式の記述や論理の学習が目標ですが,そんな堅苦しい学習よりも必要なことは,生活や遊びで自然に身に着いた,読解力と常識が大事だと思います.

次の「アルプスを渡る」の問題では,以下の5つ(とりわけ出だしの2つ)がポイントです:
①題意を正しく理解する読解力→山頂を越えろとは言っていません.
②糸巻に糸を巻くなど生活の遊びの場で,自然に身に着いた力学感覚(力のバランスや手応え)★←特に大事
③円錐の展開図がひらめく(最短距離を引くのは展開だから)
④状況を読んで,2√2≒3と大胆に近似(融通の利かない数学バカでは行き詰る)
⑤半径2√2の円に内接する正3角形の一辺の長さは(ここだけが数学)

★物理学や円錐曲線などを知っている必要はありません.子供の頃に,積み木や水遊びや泥んこ遊びなどで,自然に体感したことのある手応えのことを,私はここで常識と言っています.
別に,物理や数学で数式を習わなくても,手応えが身についていれば,簡単に箸で豆をつかめるし,卵を握りつぶしたりはしません.職人は,器用にガラス細工をします.これは流体の粘性など面倒な計算をしても無駄なことで,その時の手応えで瞬時に反応できないと知識は役に立ちません.色々な分野で同様な身に着いた常識が大切でしょう.私は教室で知識を学ぶよりも,身についている手応えが一番大事だと思っています.
最近の子供は,ゲームやバーチャルな世界で間違った手応えを身に着けていますし,実際の泥んこの手応えや積み木のバランスや卵の殻の複雑な手ごたえを身に着けていないようです.大人になって機械設計をしても,構造の強度の感覚を持ち合わせていない.常識が身に着いていれば,直感(見た目でわかる)でわかる不安定なものを作ってしまう(計算結果がとんでもない数値になってもおかしいと思わない).
さて,この問題では,円錐の斜面に糸を巻くときの手ごたえをイメージしましょう.とがった頂点を通るように糸を巻いたり,山麓の円周に糸を巻いたりを,安定にできますか?斜面のどこかを経由するとき一番きつく糸を巻きつけられるはずですね.

■問:「アルプスを渡る」
一定の傾斜角45度の円錐形の山のふもとに人々が集まりました.山の高さは2000メートルです.グループは、山のふもとの正反対の地点に行きたいと考えています(図の点Aから点Bに移動します).AからBへの最短ルートは...

この仕事で地獄行? もう降りようよ.


解答選択肢(私は,Bを選びました.皆様はどうですか)
A. 4.5 km
B. 5 km
C. 5.5 km
D. 6 km
E. 6.5 km

球面正12面体の見える万華鏡をつくろう

いろいろな多面体の見える万華鏡(立体万華鏡と呼びましょう)を作ります.アルミ板やプラスチックの鏡は像がきれいに映りますが,ミラー紙(厚手0.25mmくらい)を用いても,ここで取り上げているような立体万華鏡は良好に作れますので,チャレンジしてみてください.

球面正多面体は,アラブの数学者,アブル・ワーファ(1000頃)に始まります.球面正多面体{p,q}は,球面正p角形が,頂点でq個集まっているもので,球面正p角形の1つの内角は2π/qです(図D).
そして,球面p-多角形の辺はすべて大円であることに注意しましょう.

ここで具体的に取り上げるのは,正12面体に相当する球面正12面体=球面{5,3}多面体です.

 

 

 

 

 

 

 

 


メビウスは多面体万華鏡を発明します(1850)が,これは,球面p-多角形を,2p個の球面直角3角形に分割することを使います(図A).
分割された3角形の角度は,π/p,π/q,π/2,このような直角3角形を(p,q,2)と記述します.
万華鏡は,3角形(赤く塗った)の各辺となる大円を鏡にすると得られます.
(A)メビウス万華鏡になり,正5角形の面を10個の直角3角形に分割しています.
(B)正5角形の面を5個の2等辺3角形に分割しています.Bには,Aに存在した鏡映対称面が1つ消えています.
(C)赤く塗った正3角形の周囲の辺の大円を鏡に置き換えて万華鏡を作れば,正20面体の映像が見えます.

では,AとBを作ってみましょう:展開図は,前号の[正12面体の見える万華鏡を作ろう]に掲載してあります.

A(左写真)         B(右写真)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

p.132~p.133 美しい幾何学より

正12面体の見える万華鏡をつくろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正12面体や球面正12面体は,正5角形(あるいは,球面正5角形)の面12枚が囲んでできる立体です.
3枚鏡の組み合わせで万華鏡を作り,正12面体や球面正12面体が見える万華鏡を作りましょう.
正12面体の点群(対称性)を生成する3枚の鏡に,次のものを選びます.
(Aタイプ)1つの正5角形の面を10個の直角3角形(若草色)に分割し,
その領域を立体の中心から見込む「3角錘」が万華鏡になります.
(Bタイプ)1つの正5角形の面を5つの2等辺3角形(水色)に分割し,
その領域を立体の中心から見込む「3角錘」が作る万華鏡になります.

(Aタイプ)                   (Bタイプ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作製したそれぞれの万華鏡で見られる映像を対応させて掲載します.
どちらも正12面体の映像が見えますが,両者の正5角形の面を観察して比較しましょう.
Aの映像では直角3角形10個で正5角形の1つの面を作っていますが,Bの映像では2等辺三角形5個で正5角形の1つの面を作っているのがわかります.

 


■正12面体および球面正12面体の見える万華鏡(Aタイプ)の作り方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ミラー紙(厚さ0.25mm以上が良い)に次の展開図を描きます.青色の部分を使います(赤線に沿って光の窓を作ります).赤線の円に沿って切ると「球面正12面体像が見える光の窓」,赤線の直線に沿って切ると「正12面体像が見える光の窓」ができます.どちらかを選びます.辺OHが共通につながるように3角錐(鏡面は三角錐の内側)を組み立てます.完成した万華鏡は△KAHから覗きます.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美しい幾何学」球面正多面体とメビウス万華鏡p.133~p135に,この万華鏡の説明があります.

 

フィボナッチ数と音楽

フィボナッチ数はいろいろな所に現れます.この記事はThomas Koshyの著書からの引用で,2018.09.25発行のメルマガSGK通信No.234のリメイクです.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
数学月間SGK通信 [2018.09.25] No.234
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
フィボナッチ数列は次のように定義されます.
F(n)=F(n-1)+F(n-2).F(1)=1,F(2)=1として数列を作ると
1,1,2,3,5,8,13,21,.......の数列が得られます.

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピアノの鍵盤は,フィボナッチ数と音楽のつながりの可視化の良い例です.
鍵盤上で1オクターブとは,2音の間の音程で高音の周波数が低音の2倍になっていることです.鍵盤でいうと,1オクターブは,5つの黒鍵と8つの白鍵,合わせて13の鍵で構成されます(図).この5つの黒鍵は2つのグループをなしています;一方は2鍵よりなるグループ,他方は3鍵よりなるグループ.

1オクターブに入る13の音は,西洋音楽で最も一般的な音階であるクロマチック音階(半音階)を作ります.クロマチック音階に先行して,2つの他の音階;5音からなるペンタトニック音階と8音からなるダイアトニック音階がありました. お馴染みの"Mary had a Little Lamb” と “Amazing Grace” は,ペンタトニック音階を使い演奏でき,また, “Row, Row, Row Your Boat” のメロディーはダイアトニック音階を使い演奏できます.

長6度と短6度(6つ離れた音,および,5+1/2離れた音)は,耳を最も喜ばす2つの音程(和音)です.長6度は,例えば,音CとAから成る:それぞれの音は,1秒当たり264と440の振動数で(図),264/440 = 3/5はフィボナッチ比であるに注目しましよう.
短6度は,例えば,1秒当たりの振動数330と528の音であるEとCから構成され,それらの比もフィボナッチ比です: 330/528 = 5/8.
[訳注)自音の音程は1度という.1オクターブの音程は8度である.]

組木のパズル

これがどうして私の手元にあるのか思い出せません.
その他にも球状のものや,いくつか組木のパズル(箱根細工と呼んでいました)で子供の頃遊んだのを覚えています.それは遠い昔のことで,いつの間にか失くなってしまいました.複雑な組木もあったように思い残念です.なぜかこの組木だけが,今私の手元にあります.多分,この組木を手に入れたのが一番新しいためでしょう.この組木はとてもシンプルですが,職人のすばらしいアイデアだと思います.

全体の対称性は立方晶系の最も対称性の高い点群です.
4回対称軸が3本,3回対称軸が4本,2回対称軸が6本あります.
(鏡映面はたくさんありますが表示略).

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


全体はこのような同じパーツが6個で出来ています.

 

 

 

 

 

 

 

3回対称軸に沿って引き抜くことができ,二つに割れます.
写真は3回軸に沿って引き抜き開いて(内部をこちらに向けて)並べたところです.

 2つのパーツは互いに対掌体(右手と左手,あるいは逆まわりの風車)です.3回軸に沿って引き抜けるのは,この分解写真を見ると理解できるでしょう.
対称性を考えないと,引き抜く方向がわからず難しいパズルです.
3つのパーツでできた風車のような形を一体として引き抜くのがミソです.(この方法がわかっていても,特に,分解と逆の組立てのときは,手作業的にはなかなか難しい.手が3本欲しいということになります)
3つのパーツは一体として扱わなければ,互いに組み合っているので,バラせません.3回対称軸は4本あるので,引く抜く方向は4通りありどれでも可能です.

 

(図)4回対称軸の方向から見る↓                 (図)3回対称軸の方向から見る↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(図)3回軸(上下方向)に沿って引き抜く↓(今度,動画にしたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■この組木は,x平面,y平面,z平面がかみ合っているという見方もできます.それぞれの平面は2つのパーツからなります.
直交するx平面,y平面を作り,z平面の部品の1つだけ(下側)は置けるが,残り1つ(上側)をどう入れるかと,普通の人は苦闘します.
この手順では入りません.3つのパーツで組んだ風車型を一体として扱うのがミソでした.

(図)最後の1つはどうしても入りません.↓

パンデミックに数学はどう戦うか

■今回の記事は,2020年3月30日にマリアンヌによってプラスマガジンに提出されたエッセイの解説です.
How can maths fight a pandemic? By Marianne Freiberger ,https://plus.maths.org/content/
プラスマガジンの編集者,マリアンヌフライバーガーは,2020年3月24日にGogにインタビューしました.
エッセイの全文翻訳(by KT)は数学月間ホームページに掲載しておきます


これは大変長いエッセイで読み難いので,ここにレジメを作成しました.
このエッセイの書かれた3月30日ころは,Covid-19の感染について未知なことばかり(感染させるが症状の出ない保菌者など)だったでしょう.しかし,2.5か月経過した現時点では,これらは皆さんの常識になりましたね.最後に出てくる医療崩壊をさせないための断続的なロックダウン方法のシミュレーションは参考になるかもしれません.

■ケンブリッジ大学の疫学者ジュリア・ゴグGogは,2月の初めに,数理科学センターの通常の職務を辞し,緊急事態のための科学諮問グループ(SAGE)に結果を報告するモデリンググループ,SPI-Mに専念することになった.
SPI-Mは,インフルエンザパンデミックへ備えてこれまで活動をしてきたのだが,現在はCOVID-19のパンデミックに焦点を絞った活動をしている.ゴグは,王立協会が率いる全国コンソーシアムの運営委員会にも所属し,このパンデミックに対処している.


SPI-Mの仕事は,次に何が起こるか,さまざまな介入でそれがどのように変化するかを,予測できる数理モデルを開発し働かせることだ.COVID-19パンデミックがどのように進展するか?社会的介入はどのような影響を与えるか?これらのモデルはどのようなものか?それらは正しいのか?

COVID-19パンデミックの報道については、こちらをご覧ください:https://plus.maths.org/content/tags/covid-19

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 ■SIRモデルとは(訳者補足)
S   感受性保持者数,(感染可能な数)
I 感染者数,(患者数)
R 免疫保持者数,(回復患者数)

全人口Nは一定と仮定して,N=S+I+R が成り立ちます.
SIRモデルの方程式は次のとおりです.

これら3つの式の意味は:
(1)(感染可能な数)の増加速度は,(患者数)と(感染可能な数)の積に比例する.比例定数βは感染率.
(2)(患者数)の増加速度は,(感染可能な数)の増加速度から,(回復患者数)の増加速度を減じたもの.
(3)(回復患者数)の増加速度は,(患者数)に比例する.比例定数γは回復率.

 

SIRモデルの詳細については,以下の記事https://plus.maths.org/content/mathematics-diseasesをご覧ください.

 

 

 

S, I, Rの間の状態遷移をブロック図で描くと上図のようです.
このモデル(単純SIR)で得られる結果は,下のグラフのようです.

 

S:青い線,I:緑の線,R:赤い線

赤い線は,「始めは免疫のあるものが誰もいなかったが,全員免疫ができて終わる」という当たり前の特別面白くない結果ではあります.
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単純なSIRモデルは,寄宿学校の生徒などの単純な母集団に対して適切な予測を提供しますが,複雑な母集団に関しては,さまざまな母集団ごとのSIRモデルを繋ぎ合わせます.
実際には,これに色々な介入が加わるのですが,この影響を詳細にシミュレートするには,SIRモデルよりもさらに洗練されたモデルが必要です.


接触がカギ
このようなモデルの世界の背景で,非常に重要なのは人の接触パターンです(いわゆる動態調査):誰が誰にどのくらい会ったか.例えば,BBCとGogチームのコラボレーションとして2018年に実行された大規模な市民科学プロジェクトがあります.人々は,彼らの動きを追跡するアプリをダウンロードし,出会った人々(すべて適切に匿名化されている)を追跡するように求められます.モデルに組み込むこのような接触データは数値の配列( 行列 )です(下図を参照).

 

異なる年齢グループ間の平均的な接触を表示する接触行列.濃い色はより多くの接触を示します(ここでは,理解しやすくするために,数値ではなく色が使用されています).Contagion! The BBC Four Pandemic – The model behind the documentary.
学校閉鎖などの特定の社会的介入が,感染拡大にどのように影響するかを確認するには,介入に関連する部分を削除または縮小して,接触データを適宜調整してみます.

学校要因を完全にオフにするのは現実的とはいえません.減じるだけです.学校外で子供たちは,他のルートがあり(祖父母と混ざってしまう可能性など)ます.これは,考慮に入れるべき追加の接触が発生していることを意味します. 教師のストライキ中に起ったことなどの既存データは,接触データを補正し介入による流行への影響予測に役立ちます.

 

 

モデルが現実的であるかどうかは重大な問題です.COVID-19は新しい病気.既存モデルは季節性インフルエンザのために開発したもので,コロナパンデミックモデルは誰も作っていませんでした.COVID-19とインフルエンザとではモデルのどこが違うのかを調べなければなりません.

パンデミックのダイナミクスは,インフルエンザとコロナウイルスで似ていますが,違いもあります.
COVID-19はかなりの潜伏期があり,何の症状も示さずに感染している可能性があります.発症までに,インフルエンザの場合は数時間,コロナウイルスの場合は数日かかる可能性があります.
モデルに関して言えば,これは,SIRではなく,SEIRのモデルになることを意味します.Eは「露出」.
クラスEの人々は感染していますが,まだ症状は出ていません.クラスEの人は,他人に感染させる人と感染させない人に分けられます.すべてのモデルは近似であり,インフルエンザの場合は,目的によってSIRを回避できることがよくあります.ただし,コロナウイルスの場合,潜伏期間を無視すると,近似が非常に悪い.特に,短期予測のときは,これを考慮する必要があります.

COVID-19については,私たちが知らないことが他にもたくさんあります.1日目や2日目の感染力など,詳細はわかりません.不完全なデータからそれを推測するのは非常に難しい.中国や他の国のデータがいくつか(クルーズ船からのデータは非常に興味深い)あり,限られた情報から推測するのに最善を尽くしています.十分な情報がない場合,モデラーは不確実性を取り除くために,最も重要な未知数は何か決定します.これがモデリングで非常に重要なことです.

明日,何人の患者が出るか予測するなら,多くのことを知る必要はなく,現時点では指数関数的増加です. しかし,第2波が発生するかどうかを予測するには,非常に異なるいくつかのことを知る必要があります.

長期予測で重要なパラメータは,疾患の再生産数(1人の患者が平均何人に感染させるか.多くの場合,R_0と表示される)です.これは 感染速度に関連する.COVID-19の場合,R_0は2~2.5の間にあると推定されます.モデラーは,可能な値の範囲ごとにモデルを実行し,対応する予測の範囲を考えます.

感染したが病気ではない
多くの疫学者が知りたいもう1つの重要なパラメータは,集団内での感染の症例数で,これには,病気にかかったが症状を示さない人々の症例数も含まれます.無症候感染者数は,睡れなくなるほどの多数で,これを知ることは,私たちの出口戦略にとって非常に重要です.とGog氏は語りました.

現在の指数関数的成長を止める要素が2つあります.

1つは,学校の閉鎖や身体的な距離をとるなどの介入うぃして接触率を減らすことです.
2つ目は,罹患感受性のある人をなくすことです.病気になったらしばらくの間免疫があるので,無症候性を含む真の症例数を知ることから,罹患感受性の高い人々のクラスがどれほど速く減少するかがわかります.
議論されている集団免疫のメカニズムは,罹患感受性のある人数が減少するにつれて,病気の指数関数的成長が平担になり,指数関数的減衰になるという仕組みのことです.

幸い,無症候性に関するデータは知ることができます. 病気に罹ったか罹っているか抗体検査が実施されています.これらの第一波は当然NHSスタッフにのみ公開されます.

では何が起こる?
何が起こるか誰も正確に言うことはできません.地平線に見える大きな望みはワクチンの到着です.これは,集団に免疫を備えるもう1つの手段です.最も脆弱な人を優先的に,最小限のダメージでどのようにその目標に到達させるかです.誰もが同意するのは,これには長期的な犠牲が伴うということです.「1週間だけシャットダウンして,この状況がなくなることを期待することはできません」「社会的距離の措置が早すぎる場合,感染かまだ残っていて,集団免疫はありません.現時点では,ヘルスケアシステムが容量を超えないようにするために,シャットダウンせざるを得ませんが,これは恒久的な戦略ではないことは十分に認識しています」とGog氏は語る.

先週 ,Gogの元博士課程の学生であるスティーブンキッスラーとハーバード大学の同僚によって発行された論文では,季節変動も考慮して,再発の問題について詳細に検討しました.呼吸器疾患の発生は,秋と冬に悪化する傾向があります.季節性インフルエンザの発生と同時に,ヘルスケアシステムにさらに大きな負担をかけます.キスラーと彼のチームは,そのような季節変動を反映する要因を含むSEIRモデルを使用しました.社会的距離測定の効果は,COVID-19の基本的な再生産数が最大60%減少することでモデルに反映され,中国で観察されたものと同等です.

この最新の研究の結論は,必ずしも明るいものではありません.
「シリアルロックダウンの期間を検討しています」とGog氏は言います.(医療崩壊が始まろうとしているときにロックダウンするという考え)英国のナイチンゲール病棟NHSのことは,noteの記事の1号に書きましたので,そちらをご覧ください.

社会的距離(ロックダウン)の断続的な期間の長さと頻度の仮定(米国の数値に基づく)のシミュレーション.

これらのグラフは,断続的な社会的距離(青色の領域)の下でのウイルスの有病率(黒い曲線)と重症なケース(赤い曲線)を示しています.最初と3番目のグラフには,季節的な強制がありません.2番目と4番目の季節の強制.ケア能力臨界は,水平の黒い実線で示されます.最初の2つのグラフは現在の米国の救急医療能力でのシナリオ,3番目と4番目のグラフは現在の救急医療能力の2倍のシナリオです.再生産数の最大値は冬期は2であり,夏期は1.4です.この図は,キスラーらによるCOVID-19の流行を抑制するための社会的距離戦略の論文からです.


悲観的状況の中に,希望の光がいくつかあります.1つは,COVID-19の重症例に対して,投薬と良い治療プロトコルが,ある時点で追いつく可能性があることです.これで,NHSへの負荷の軽減でき,重症患者のケアができるます.

もう1つの希望の光は,軽度で無症候の感染者が,想定されているよりもはるかに多い(多くの人々がすでに病気になり免疫力がある場合)かもしれません.私たちはこれが事実かどうかわかるまでは,ルールを守って家にいるだけしかできません.

 

オイラーの定理とコーヒーカップ

 3Blue1Brownのyoutube動画をご覧ください.

コーヒーカップの表面に,3つの家と3つのソース(ガス,電気,水)があり,
パイプラインが交差しないように,3つのソースと3つの家を繋ぎます.
いくら頑張っても交差箇所が1つできてしまいます.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頂点の数V,辺の数E,面の数Fとすると,V-E+F=2 がオイラーの多面体定理ですが,
図のように面(領域)の数は4つ(黒い地の部分も1つと数えます)で,
6-8+4=2とオイラーの定理が成立しています.
3つの家はそれぞれ3つのソースに結ばれるわけですから,辺(パイプライン)の数は9本ありますが,頂点6と面の数4ですから,最後のパイプラインはどうしても繋げません.

さてここで,コーヒーカップで実験をしている理由がわかります.
コーヒーカップの取っ手の部分をうまく使うのです.取っ手の中を通り抜けるパイプラインと取っ手の上を這わせるパイプラインで立体交差になります.

コーヒーカップは,穴が1つある浮袋のような位相表面です.先のオイラーの多面体定理は穴のない位相表面に対する表現なので,穴の開いている位相表面では定理が少し変わります.
注)トーラスでは,面の数が2つ減り,頂点の数が3つ減り,辺の数が3つ減るので,V-E+F=0 が成り立ちます)

このような教育グッズがたくさんあり提供されるようすが,国民数学祭NMFのサイトで見ることができます.