2020年2月の記事一覧

縞模様形成とチューリングの反応拡散系

エンゼルフィッシュの縞模様やヒトデの星型はどうしてできるのでしょうか?
コンピュータの発明や暗号解読で有名な天才数学者アラン・チューリングが,”The chemical basis of morphogenesis”という論文を1952年に発表しました.今日,受精卵が細胞分裂を繰り返し分化し生物組織が出来ていく胚発生過程は遺伝子情報にプログラムされていることは公知です.1952年にチューリングが発表した理論は,「反応拡散系」が条件を満たせば,パターンや構造を自己成長形成するというものです.反応拡散系と言うのは,2つの物質(モルフォゲンと呼ぶ)が,反応し合いながら組織を介して拡散するもので,初期状態は均一であったものが,ランダムな外乱により,物質の濃淡の波が生じその波が生物の形や模様をつくりだすというものです.この数式でつくり出される模様は「チューリング・パターン」と呼ばれますが,コンピュータ・シミュレーションで描き出すと,条件により,動物の模様にそっくりな縞模様が出現したり,ヒトデの形を作ったりします.手の指が形づくられていくのは,その設計図が遺伝子により決定されているからと考えられていますが,もしかしたら,「指の形成はチューリングの理論のように波がつくっているのではないか」という論文が最近発表されたそうです.遺伝子はからだの構造の基本を決める設計図で,例えば,肺の形成の初期に気管支の分岐などを作るが,細かい肺胞の形成まではその設計図には書かれておらず,チューリング理論のように,現場の細胞同士のやり取り(反応と拡散)で作り上げられて行くのだろうと,近藤滋氏は言っています.

1952年に提唱されたチューリング理論は,現実の生物分野でそのような実験的証拠がなかったので,その後長い間,机上の空論と思われていました.1995年,近藤滋は,海洋エンゼルフィッシュのポマカンサスには,縞模様が皮膚に固定されていないことを発見しました.体の成長とともに,単純に比例して拡大する哺乳類の皮膚のパターンとは異なり,ポマカンサスの縞模様は,体の成長にともなうパターンの連続的な再配置が起こる.そして,縞間のスペースが維持されるという実験事実を観測しました.

実際,チューリング理論に基づくシミュレーションは,成長とともに形成されるパターンを正しく予測できたので,この理論の正しさを支持するものです.

■ チューリングの反応拡散系方程式
存在する2つの物質(モルフォゲン)が,反応したり拡散したりするのは,遺伝子情報で制御されるわけでもなく単純な化学反応で,以下の連立方程式で記述できます.u(t,r),v(t,r)は振動し,いろいろな形が形成されます.

 

 

 

 

 

 

 

 ■数学的補足
チューリングの反応拡散方程式の解の安定性を調べる数学について
(解が不安定(暴走)では,縞模様ができません)
しかしながら,テキストのメルマガで数式を多用することができませんので,

ここでは,言葉で説明するにとどめます.
微分方程式の解は指数関数であること.
反応項f,gはそれぞれ物質の濃度u,vの関数で,平衡点の周りでテーラー展開(1次の項まで)して線形化します.
このような連立線形微分方程式の性質は,ヤコビアンと呼ばれる行列Aで決まるが,
この行列Aの固有値の実部がすべて負であれば,解は安定になります.
行列Aの固有値を求めるのは面倒なので,条件を緩くして,行列Aの対角要素の和(固有値の和に同じ)が
負であるとして,さらに,拡散係数も0の場合から始めると,結局,f_u+g_v<0が得られます.
これは,促進剤と阻害剤が拮抗して働き,若干,阻害剤が強い条件を意味し,このようなときに縞模様が形成されます.

⇒ 数学追補

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(引用)チューリングの反応拡散理論

■Turing AM. The chemical basis of morphogenesis. Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological Sciences, 237(641):37-72, 1952.
形態形成の主要な現象が,モルフォゲンと呼ばれる(互いに反応し組織を介して拡散する化学物質)の系で説明できることを示しました.初期状態は全く均一の系ですが,ランダムな外乱によって引き起こされる均一平衡の不安定性により,パターンや構造が発展する可能性があります.このような反応拡散系は,生物学的には珍しいシステムですが,数学的には便利な孤立した細胞のリングの場合にある程度詳細に考慮されます。
調査は主に不安定性の開始に関係しています。これが取ることができる6つの本質的に異なる形式があることがわかります。最も興味深い形では、定常波がリングに現れます。これは、たとえば、ヒドラの触手パターンや渦巻きの葉の原因となる可能性があります。球体上の反応と拡散のシステムも考慮されます。
そのようなシステムは原腸形成を説明しているようです。 2次元の別の反応システムは、垂れ下がった模様を思い起こさせます。また、2次元の定常波が葉序の現象を説明できることも示唆されています。
この論文の目的は、受精卵の遺伝子が,生物の解剖学的構造を決定する可能性のあるメカニズムを議論することです.この理論は新しい仮説を立てません.特定のよく知られた物理法則だけで多くの事実を説明するのに十分です.この論文を完全に理解するには、数学の十分な知識が必要です.若干の生物学,基礎化学,読者がこれらすべての専門家になることは期待できないので,多くの基本的な事実を説明しました(それらは教科書で見ることができますが,省略すると論文が読み難くなるので).

■Kondo S and Asai R. A reaction-diffusion wave on the skin of the marine angelfish Pomacanthus.Nature, 376(6543):765, 1995.
1952年にチューリングは,反応拡散系と呼ばれる分子的機構仮説を提案しました.これによると,均一な初期状態から周期的なパターンを作り出すことができます.形態形成でのパターン形成現象を説明するために,この反応拡散に基づいて多くの理論モデルが提案されましたが,生物学分野で,このような系の存在の決定的な実験的証拠はありません.海洋エンゼルフィッシュのポマカンサスには,皮膚に固定されていない縞模様があり,体の成長で単純に比例して拡大する哺乳類の皮膚のパターンとは異なり,ポマカンサスの縞模様はパターンの連続的な再配置により線間のスペースを維持します.パターンの変更はストライプの構造によって異なりますが,チューリング系に基づくシミュレーションプログラムは,将来のパターンを正しく予測できます.実際のパターンの再配置とシミュレートされたパターンの再配置の顕著な類似性は,反応拡散波がポマカンサスの縞模様の実行可能なメカニズムであることを強く示唆しています.

■Kondo S and Miura T. Reaction-diffusion model as a framework for understanding biological pattern formation.Science, 329(5999):1616-1620, 2010.
チューリング,または反応拡散(RD)モデルは,発達中の動物胚における自己制御パターン形成を説明する最も有名な理論モデルの1つです.実世界での関連は長い間議論されてきましたが,多くの説得力のある例がモデルを取り巻く懐疑論の多くを説得しつつあります. RDモデルはさまざまな空間パターンを生成できます.数学的研究により,それぞれに必要な相互作用の種類が明らかになり,さまざまな形態現象の実験での仮説として,このモデルが適用できる可能性があります.
このレビューでは,RDモデルが効果的に組み込まれている実験研究の例を使用して,モデルに不慣れな実験生物学者のためにこの理論の本質を説明します.

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AIの時代

1986年から始まった米国の数学月間MAMは,2017年から統計学を表に出して数学・統計学月間MSAMに衣替えした.これは,(2011年)解明進む複雑系,(2012年)統計学とデーターの氾濫,(2013年)持続可能性の数学,(2016年)予測の未来,と続くMAMテーマの流れから予想されたことです. 数学と統計学は,インターネット・セキュリティ,持続可能性,疫病,気候変動,データの氾濫,に見る現実世界の問題に対して重要な役割を果たしています.医学,製造,エネルギー,バイオテクノロジー,ビジネスなどの分野でも,日々新しい結果や応用が生まれています.数学と統計学は,システムや方法論がどんどん複雑化する技術世界で,革新の重要な推進力になっています. 些細な事故が雪崩となり大規模災害を惹起する危うさを持っているのが複雑系です.限界ぎりぎりで稼働している複雑系であるインフラの制御はAI(ディープラーニング)がなければどうにもなりません(ただし,事故の復旧では人間自身の手が必要で,AIで解決できるものではありません).また,医療診断の画像識別エキスパートシステムでは,専門診断医を凌駕する状況であります.

日本政府の「AI戦略」は,AIを理解し各専門分野に応用できる人を,遅ればせながら2025年までに年25万人育てる体制を目標に掲げました.経済産業省が2019.3に出した報告書「数理資本主義の時代」(違和感のある表題だ)は,数学が国富の源泉であると謳い,GAFAを見ればそのような時代の流れであることは明白です.しかし,ことさらに数学をそのように強調し,強者になるための道具にすることには違和感があります.高い年収が得られるので数学を職業とするでは本末転倒と言わざるを得ません.
さらに経産省の当該報告書(p.19)には,<工学出身者に「数学は役に立たない」という時代遅れの先入観が残っている>との記述があます.時代遅れの先入観と言わようが,あえて言うと,私は「数学では物は作れない」と思っています.
アナログ制御の時代を担い応用数学を発展させた工学の扱う対象は物や反応であるのに,データサイエンス(コンピュータがなければ何もできない)の働きかける対象はいつも数値(データ)であり解析にとどまるからです.ただ,工学であれデーターサイエンスであれ,どちらも数学なので,「数学は役に立たない」とは誰も思ってはいないはずです.かつて,電気電子,計測などの工学部が応用数学の研究と教育を担っていた時代があったが,コンピュータの発展により,数学能力の低下はあると思います.数学理論を何も知らずとも優れたコンピュータ・ソフトを操り,良い結果を得るのをしばしば目撃したし,ディープラーニングのブラックボックス化の弊害もあると思います.今は,データーサイエンスの基礎を支える数学を押さえる時期であると思います.経産省の報告書の先に触れた部分は,<企業の工学出身者の時代遅れ先入観がAIを阻害している>と言いたいようだが,経産省の指摘を待つまでもなくこの分野の研究は多くの企業で先行していた.例えば,1987年に開設したリコーカリフォルニア研究センターでは,1990年にPeter E Hartを所長に迎えAIの研究を始めている.2000年に,Richard O Duda, Peter E Hart, David G Storkが”Pattern Classification”(2nd edition,尾上守夫監訳)を出版している.これはスタンフォード大の授業でも用いられ発売後半年で4,000部売れた.米国AI研究者の数学基礎の確かさと層の厚さが感じられる例である.

日本のある大学のポスターで,基幹工学(機械,電気・電子,工業化学),先端工学(ロボット,AI・データーサイエンス),建築工学の3分類の新し構えを見受けます.また,立教大学が2020年4月に開設する国内初となるAI(人工知能)に特化した大学院「人工知能科学研究科」(修士課程)は,機械学習やディープラーニングを中心としたAI領域についての学科で,機械学習の数理モデルを深く理解し,高度な情報科学や統計学の知識を持ち,論文から最新のAI技術を実装できる人材育成を目指すという.
ベイズ決定理論,最尤推定,パーセプトロン,多層ニューラルネットワークなどの基礎教育を行うのは必要ですが,数学以前の数理モデルを作る時点で,正しい解釈ができる能力,常識,読解力,AI倫理などはさらに重要であると考えます.統計学もAIも解釈次第でとんでもない結果を導く可能性があります.

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掛谷の問題

前号では長さの問題をみましたが,今回は面積について少し考えましょう.
(掛谷の問題)
平面に置いた長さ1の針(線分)を平面上で1回転することができる平面図形のうちで
面積が最小なものは何かという問題です.この問題は1916年に掛谷宗一が提起したものです.

可能な図形候補の4つの図を,http://www.araiweb.matrix.jp/semi208/KakeyaProblem.html から引用します.

 

 

  

 

 

 

 

 

多分,皆さんの思いつく答えは,この4つのタイプのうちの一つでしょう.

(1) 直径1の円 面積はπ/4=0.7854
(2) ルーローの3角形 面積は(πー√3)/2=0.7048
 ルーローの3角形というのは,1辺1の正3角形の各頂点を中心に半径1の円弧を描いて囲まれた図形です.
 ルーローの3角形を断面に持つ棒は,円柱と同じように定幅曲線なのでコロとして使えます.
 その面積は,√3/4+3x(π/6-√3/4)=π/2-√3/2 と求まります.
(3) 高さが1の正3角形 面積は1/√3=0.5774

これらの図形の面積は,(1)>(2)>(3)の順で小さくなっています.
それで,(3)が最小面積の答えかと言うとそうでもありません.
(4)のように凸でない(内側に反った曲率の星型)図形でも針の回転が可能で,
そして,(4)の図形の面積はいくらでも小さく(面積0に)できることがわかります.
これは,1919年のベシュコビッチの定理からの一つの帰結でもあります.


さて,面積とは何かというのは難しものです.
われわれが常識で使っているのはジョルダンの面積です.
フラクタル図形の面積0ではジョルダンの面積の定義では面積が測れません.
無限回の操作がからむ図形にも使えるのがルベーグの面積です.

 

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