2016年10月の記事一覧

毛髪1本でがん検診

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数学月間SGK通信 [2016.10.25] No.138
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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21日の倉吉の地震,お見舞いいたします.しっかりした古い建物が多いし周りに余裕があるので,
浅い直下型の地震にも関わらず死者がなかったのは幸いです.東京は密集しているのでこうは行きません.
崩壊した家や白壁土蔵の町の陳列散乱の様子が報道されていますが,余震はおさまりつつあるようです.
600人の方々が学校などに避難されて居られます.ご無事でありますように.
どこも大地震の発生確率は高まっています.逃げようがありません.
そういいながら原発を再稼働するなんてばかです.

■毛髪1本でがん検診
毛髪は約1cm/月の割合で伸びます.15cmの長さの毛髪ならその中に15か月間の健康状態の記録が残されているはずです.
毛髪中に含まれるいくつかの元素(カルシウム,ストロンチウム,カリウム,ナトリウム,など)の分布状態
(濃度の変化の記録)を調べて,ガン検診(特に乳がん)ができるという新手法を,千川純一先生(ひょうご科学技術創造協会)が,2003年からSPring8で研究を始め,結果を2015年に論文を発表しています.
毛髪1本を抜いて送れば,がんの検診ができるとなると,画期的ですね.この検査の人体への危険は全くありません.
この実用化のために,病院の先生方と協力して多くの臨床例を集め,実証研究を進める段階に来ています.
■測定方法
毛髪1本(直径は100μm程度)に放射光X線を照射し,毛髪のX線照射点から出てくる蛍光X線を観測することで,
その点に含まれる元素を検出することができます.そのとき観測されるバックグランドは,
毛髪母体のタンパクによる散乱X線ですから,蛍光X線のピークの強度P,バックグランド強度Sとして,
そのピークを与えた元素の濃度[X]を,[X]=P/Sと定義すると,この値は毛髪の太さや形状によらない値になり,
濃度指標に使えます.
■放射光X線
SPring-8というのを聞いたことがありますか.姫路にある大きな放射光施設で,周囲1.5kmほどのリング内を電子を走らせます.
正確に言うと電子の軌道は多角形で,偏向磁石のある角で曲げられ,その時強いX線を放射します.
実験室のX線源の輝度を1等星の明るさとすれば,太陽の輝度に相当します.
指向性がよく広がりませんので,スポットに絞って照射できるので,小さい場所の分析に威力を発揮できます.
■イオンチャンネル
細胞外液(血清)から細胞への各種イオンの取り込みは細胞膜のイオンチャンネル開閉で制御されます.
血清から毛根の細胞への各種イオンの取り込みも同様に制御され,毛根細胞に取り込まれた各元素は.
成長して行く毛髪中に記録されて行きます.
細胞にカルシウムが不足すると,副甲状腺ホルモンPTHが分泌されて,
細胞のカルシウムチャンネルが開きカルシウムを細胞に取り込みます.
イオンチャンネル開はデジタル・パルス的(PTHが細胞の受容体に付着するたびにチャンネルが開く)
に行われるそうです.がん細胞からは副甲状腺ホルモン関連タンパクPTHrPが分泌され,
細胞のPTH受容体にPTHの1,500倍も長く滞在するので,カルシウムチャンネルの開閉が阻害されるということです.
■がん判定の仕組み
正常な人は,カルシウムイオンチャンネル開の時は,毛髪中のカルシウム濃度は50(単位は,上記の濃度定義に基づく),
カルシウムイオンチャンネル閉の時は,10です.がんが発生すると分泌されるPTHrPにより,
イオンチャンネル機能が阻害されるために,カルシウム濃度が50と10の中間値を数ケ月かけてゆっくり下降します.
このような変化パターンを検出することにより,初期の乳ガンの発見が他のマーカーより鋭敏にできます.
現在,病院の先生と協力して,検体の数を増加し実証を進める計画が進んでいます.

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送電ケーブル火災と広域停電

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数学月間SGK通信 [2016.11.18] No.137
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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■10月12日,午後3時半ごろ起きた東京都内の停電で,58万戸が停電.都心中心部も停電した.
埼玉県,新座付近の地下送電ケーブルの火災が原因という.
社会インフラは限界ぎりぎりで稼動している状態です.東京の送電ネットワークもその例にもれません.
ネットワークに流入する交流電力を繋ぐには,電圧をそろえるだけではなく,交流の周波数も位相もそろえなければなりません.
つまり,流れ込む交流の山と山が重なるようにタイミングを合わせて合流させる(山と谷が重なったら一瞬で電流が流れて危ない).ネットワークの結合点には,このような調整装置があり,ネットワークを作っています.
このようなネットワークの一部分を切り取って解析しても正しくありません.
予想もしないネットワークの部分から影響が来る可能性があり,ネットワークは全体を解析機する必要があります.
このような性質の系を「複雑系」といいます.
バタフライ・エフェクトというのは,海を隔てた地での蝶の羽ばたきが,明日のこの地の大風に影響を与えるかもしれない.
という極端な比喩ですが,複雑系とはこのようなことが起こり得る世界です.
複雑系のネットワークでは,どこかで起きた些細な事故が引き金となり,
次々と被害が雪崩を打ってネットワーク全体に広がる性質があります.

■些細な事故が,広域の大停電になった例は色々あります:
2003年8月14日,午恨1時42分,米国中西部の独立システム送電網オペレータの1人が異変に気づき,
ルイビルのガスと電気のオペレータに向かって,「おい,どうした?」と問いかけたが,
その2時間半後には,北東合衆国から南東カナダにかけて,5千万人の人々の送電網の電力が失われた.
その3年後の2006年11月4日,夜の9:30に,ドイツの送電網オベレータが,クルーズ・ボード,ノルウェーの真珠号
の安全通行を許すために,Ems川をよぎる1対の配電線の接続を切り,
それから半時間以内に,1千5百万人のヨーロッパ人が暗やみに座ることになった.
日本でも,2006年8月に大規模停電が起きている.
2006年8月14日,午前7時38分(日本時間).旧江戸川を航行中のクレーン船がアームを高圧線に接触させ,
これを切断した.アーム長33mのクレーン船が,現場に到着後すぐに浚渫作業にかかれるように,
曳航中にアームを上げたため,旧江戸川上の高さ16mの位置にある高圧線を破損したためである.
米国の大規模停電は,乾燥した樹木が送電線にふれスパークしたという些細なことが引き金になったのかもしれない.
ドイツや日本の原因は人為的な誤操作である.いずれにしても些細なことがトリガーとなり,
あっという間に事故の連鎖が雪崩を打って広域の大規模停電につながった.

■送電網は複雑系ですから,その部分部分を切り離して見たのでは,正しい理解にはならない.
送電網全体を対象にしなければだめなのでとても面倒だ.
送電網は,何百万という物理的なハードウェア/ソフトウェアと行為者(人間)によって構成されている.
大きな事故の引き金は,ほんの些細なイベントで予測もつかないことから起こる.
今回の火災は,ケーブル周囲被覆の油紙の劣化により,絶縁性能が低下し過大な電流が流れたためと伝えられる.
あるコンポーネントで事故(例えば,送電ケーブルの火災)が起こり,送電線回路のブレーカが落ちる.
そして,そのコンポーネントにかかっていた負荷は,ネットワークの残りを介して直ちに再分配され,
再分配された負荷は別のコンポーネントを過負荷にし,事故に導くかも知れない.
この過程は,雪崩のように繰り返され,広域な大規模停電となる可能性を持っている.
今回は,新座から離れた場所のケーブルにも負荷がかかった形跡があるらしいが,
それ以上の大きな事故雪崩にならずに済んだのは幸運であった.

[日刊ベリタ(10月13日)に掲載した]
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610132037164

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表面だけのスカスカの立体

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数学月間SGK通信 [2016.10.11] No.136
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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表面だけのスカスカの立体は,面がシェルピンスキーのカーペットでできている
メンガーのスポンジが知られています.この図形は穴を開けるたびに,表面積は増加し,
体積は減少するので,質量はゼロで,表面積が∞の不思議な図形です.
メンガーのスポンジの次元は, 2.7268....になります.

■ここでは,正4面体から出発し似たような図形を作って見ましょう.
正8面体の4つの面に正4面体を組み合わせると,2倍の辺長の正4面体ができます.
この手順を繰り返すと,だんだん大きな正4面体ができます.
図1 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/80/17708080/img_0_m?1476098595
図2 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/80/17708080/img_1_m?1476098595
この手順を逆にしてみましょう.
正4面体体積を1とすると,正4面体の中にできる正8面体の体積は1/2です.
(Q何故でしょう?)
この正8面体をくり抜くと,正4面体が4つ残り,合計の体積は1/2.
元の正4面体の表面積と,残された4つの正4面体の表面積合計は不変です.
(Q何故でしょう?)
次に,4つの正4面体からそれぞれの正8面体をくり抜くと,
残りの体積がさらに1/2になりますが,表面積はやはり不変です.

■この操作をn回繰り返すと,体積は(1/2)^nになるが,表面積は不変です.
この調子で,無限に操作を繰り返すと,表面積はスタートの正4面体と同じだが,
質量はゼロであるようなスカスカの物体が得られます.
この図形の作り方は,メンガーのスポンジと呼ばれる図形に似ていますが,
質量はゼロになるが表面積は∞にはなりません.
この図形の次元は,2倍の長さのところに4つの1世代前の図形が入るから,
log4/log2=2 で2次元です.

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除外される“外れ値”

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数学月間SGK通信 [2016.10.04] No.135
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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皆様,早いもので10月になりました.昨夜はノーベル賞のニュースが入りました.
大隅さんは,東大,基礎科学科の2期生ということ(私は3期生)で,
消滅した基礎科学科ですが,開拓時の良さに思いが巡ります.

さて,世論調査で無作為で1,000人のデータを得たとして
そのうち有効なサンプル集合に入れられるのはどのくらいでしょうか?
統計処理では都合の悪い点を除外することがよくやられる.
実験測定などでは,明らかな間違いで除外する正当な理由がある場合もあるが,
“外れ値”と称して除外する処理手順の乱発は曲者である.

都合の悪いデータを除外することで,意図的な結論を得ることもできる.
“外れ値”とは正規分布から外れた点で,正規分布から外れた点だから除外してよいとする.
標本(サンプル集合)の平均から,標準偏差の2~3倍離れた点を“外れ値”として除外する.
この点を取り除いたサンプル集合で,さらに“外れ値”があればまたこれを除外する.
こうして続けて行くと都合の悪いものが除外され,
“外れ値”はなくなり正規分布はますます確かになっていく,
大変都合よくもあり恐ろしくもある処理手順である.

サンプル集合の分布は,平均を中心にして釣り鐘型の正規分布とは限りません.
我々は,どうして正規分布の1点でなければいけないのか?
正規分布から外れた点は“外れ値”として除外されねばならないのか?
私はどうしても納得できない.
“外れ値”を除外することを乱発され,正規分布に入っていないと生きていけない.
恐ろしい社会になってしまったものだ.
なにがなんでも正規分布にして済ますのはいやですねぇ.

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