2017年5月の記事一覧

福一除染前の環境試料の測定

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数学月間SGK通信 [2017.05.30] No.169
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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今日は,数学の話題ではないのですが,福一原発事故で2011.3に環境に放出されたセシウムについて
測定したので,その話をします.半減期の定義は,ほんのちょっと数学に関係があります.
最近,IMADENさんの協力を得て,我々の研究会で新しいγ線測定器を作りました
そのテスト結果です.
この測定器のシンチレータはCsIで,前々回のものと変わりませんが,
検出にホトダイオードではなく,PMT(光電子増倍管)を使っています.
そのため,感度は大変よくなりました.
エネルギーの分解能はシンチレータで決まりますから,
前回の測定で使用したCZT結晶を用いたRAdAngel社のエネルギー分解能には及びません.

測定した西郷試料は,2012.10.17に採集した除染前屋根堆積物と栗です.
Fig2 2017.05.28の測定結果(CsI+PMT)
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/45/18064145/img_0_m?1496061605


セシウムCs134の半減期は2年,Cs137の半減期は30年です.
Cs134もCs137も原子炉の中で作られたもので,2011.3の事故で放出されました.
ウラン235が核分裂すると,いろいろな核種が生まれます.
例えば,ヨウ素131とイットリウム103と中性子,セシウム137とルビジウム95と中性子 ,などです.
同様に核分裂で生じる核種にキセノン133があり,これが中性子を捕獲してセシウム134に変わります.
Cs134の生成には中性子の捕獲が必要ですので,原子炉の稼働時間が長いほど,燃料棒中たくさん生成されています.
今回の福一の場合は,放出された時点2011.3で,Cs137:Cs134の放射能量(ベクレル)比は1:1だったとのことです.
1 ベクレルというのは, 1 秒間に 1 回の割合で原子核が崩壊する放射能の量のことです.
Cs137は1回の原子崩壊で662keVのγ線が1つ出ますが,
Cs134の1回の原子崩壊では,605keVのγ線と796keVのγ線が1つづつ出ますので,
大雑把に言うと,同じ1ベクレルのCs137とCs134では,Cs134の方が2倍くらいγ線を出します.

2011.3に放出された試料を,新しく作った測定器で,再測定(2017.5)しました.
事故から6年ほど経っていますので,半減期30年と長いCs137はあまり減少しない(1割減程度)が,
半減期2年と短いCs134の強度は1/2.6に減少しているはずです.
計算は以下の半減期の定義を参照ください.
半減期Tの定義,tだけ経過後の残存原子比,N(t)/N(0)=(1/2)^(t/T)

保存した試料の測定ですので,このような結果になるはずです.
実際の環境中のセシウム分布状態は,このような自然減衰の他に,
拡散や移動により変化しています.下水や流水により川底や海低などに移動したものがあると思われます.
水の外からの測定では,水の遮蔽効果により測定できませんので,
この種の装置を水中に下し測定を行うべきですが,あまり測定は行われていません.

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今年の米国の数学月間

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数学月間SGK通信 [2017.05.23] No.168
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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■米国MAMの動向
現実世界の多くの課題を解くのに,数学と統計が重要な役割を演じています.
昨年度の米国MAMのテーマは,ずばり「予測の未来」でした.米国MAMでは,統計や予測に関するテーマが増加しています.
これまでのMAM数学月間(1986年4月のレーガン宣言で始まった)の呼称も,2017年から
MSAM(Mathematics and Statistics Awareness Month)数学・統計月間に変わりました.
この流れを作った背景には,コンピュータ利用とAI人工知能技術の発展があります.
嫌なことですが,スノーデンの告発で明らかになったように,個人情報,個人メールを含むあらゆるデータが,
米国NSAにより収集され(collect it all),解析に使うことができる監視社会になりました.
米国NSAによるデータ独り占めが,国家の独立性を危うくしたり,
不正な情報操作を許すことにならないように注意が必要です.
私たちの日本の数学月間では,世論調査がどれほど正しいのか疑問を持ち,この数年これを取り上げてきました.
しかし,その一方,大量のデータが,リアルタイムで収集できるのが現代です.
これをどのように解析・予測するかの数学手法は,興味深いことです.
社会と数学の架け橋を謳う「数学月間」としては,これらを取り上げないわけにはいきません.
今年7月22日の数学月間懇話会でも,昨年に続く世論調査のテーマと少ないデータからの推論を取り上げます.
詳細は数学月間ブログやSGKのウエブサイトをご覧ください.

■米国MSAMの「数学祭り」
今年の米国MSAMには,例年のMAM(毎年4月に実施)のような統一テーマがありませんでした.
ウエブサイトで目につくイベントは,「数学祭り」national math festivalの楽しい様子です.
これは,日本の「とっとりサイエンスワールド」(注)によく似ています.
(注)とっとりサイエンスワールドは,2007年にスタートした人気のある県民イベントです.
詳細は,数学月間ブログをご覧ください.
米国MSAMの「数学祭り」は,4月22日土曜日の10:00~19:00,ワシントンDCのダウンタウンにある
ウォルター・E.・ワシントン・コンベンション・センターで実施(一般公開の無料イベント)されました.
講演,デモ,アート,映画,実演,パズル,ゲーム,児童書の読書などがあり,幼児からすべての年齢の成人が対象です.
ウエブサイトで見られるビデオの一つを紹介しましょう.
米英には,数学見世物師のような専門家が居り,なかなか見事なパフォーマンスが見られます.
例えば,Matt Parker のマジック・スクエアのデモはとても面白いものです.
以下の4x4の数表をご覧ください.
A  1 12 7
11 8 B 2
5 10 3 C
4 D 6 9

(1)縦列の4つの数字の総和,(2)横列の4つの数字の総和,(3)全体の4分割のそれぞれの部分の4つの数字の総和,
(4)中心部分の4つの数字の総和,(5)中心2列の上部分(下部分)の4つの数字の総和,
(6)表の4隅の数字の総和,(7)2つの対角線の4つの数字の総和.
これらがすべて同じ数字になるように,A,B,C,Dを求めます.
さて,総和の数字は,観客に勝手に言わせます.もし,48と言われたら,
A=28,B=27,C=30,D=29です.どんな総和の数字を言われてもすぐできて
とても不思議です.この種は,以下のようなものです.うまく実演してみましょう.
総和の数字をnと言われたら,A=n-20,B=n-21,C=n-18,D=n-19と計算すればよいのです.

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並進群と2色格子

無限に広がる2次元の世界(平面)が,周期的であるとは,1枚のタイル(平行4辺形)を張り詰めて,平面のタイル張りがなされている状態です.
周期的な平面はタイル(単位胞)を単位としてデジタル化された平面といえます.
タイルの辺と辺を合わせてタイル張りをすると,平面は必ず周期的になります.
平行4辺形の2辺は,周期的な2次元世界を張る「基本並進ベクトル」a1,a2です.
(注)2次元だから,互いに独立なベクトルは2本あります.
平行6辺形でも平面のタイル張りができますが,
対向する2辺間の移動ベクトルを,a1,a2,a3とすると,互いに独立なベクトルは2つのみで,残りのベクトルは従属 a3=a1+a2

a1,a2を基本並進ベクトルという.基本並進ベクトルa1,a2の1次結合ーつまり,任意の整数n1,n2に対して,T(n1,n2)=n1・a1+n2・a2 
となるベクトルT(n1,n2)も並進ベクトルで,並進ベクトルの集合は群をなします;
これを並進群といいます.並進ベクトルT(n1,n2)で移動する点はすべて同価で,格子点と言い,格子点の集合全体が格子です.格子は,並進群の具体的な表現とも言えましょう. 

(*注)
並進ベクトルの集合Γは,加法で閉じており,群をなすことは明らかでしょう.

・ T(n1,n2),T(m1,m2)が並進群Γの元なら,
  T(n1,n2)+T(m1,m2)=T(n1+m1,n2+m2)もΓに含まれる.
・ 動かさない並進T(0,0)が存在し,これが群Γの単位元.
・ 並進T(n1,n2)に対し,逆元T(-n1,-n2)が存在する.

基本並進ベクトルa1,a2の関係を,対称性で分類して5つのブラベー格子が出来ることは,前号の図をご覧ください.また,基本並進ベクトルが作る平行4辺形が単位胞で,単位胞と呼ばれる所以は,この面積の中に格子点が1つ含まれるからです.
ただし,面心格子のように複数の格子点(2次元の面心格子では2つ)を含む胞を単位胞(実は複格子点胞)と便宜上呼ぶこともあります.

本来,単位胞はすべて単格子点胞とすべきだが,複格子点胞も混じっている.それは,以下の便宜上の根拠による:
The smallest portion of a lattice with identipoints at its corners which still retains the same point-group symmetry as the entire lattice.
単位胞    unit cell
単格子点胞 primitive unit cell ⇒ 1-lattice point cell
複格子点胞 multiply primitive unit cell ⇒ n-lattice point cell

任意の並進ベクトルの和は,演算の順番によりません.そのような群は可換群(Abel群)と呼ばれます.
格子点を周期的に抜き取った粗い格子は,もとの格子の部分群です.1つの格子(並進群)には,たくさんの粗い超格子(部分群)がありますが,並進群は可換群ですから,並進群のすべての部分群は正規部分群になります.
例えば,(n1,n2)の偶数格子点だけを集めた粗い格子もできます.偶数格子点を「黒」,奇数格子点を「白」に塗り分ければ,黒白の2色格子ができます.

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伝統模様に見る周期的平面の分類(5つのブラベー格子)

周期的平面を対称性で分類すると,図1に掲載するように5つのタイプ(ブラベー格子)になります.
平面ですから周期を決める互いに独立なベクトルは2種類で,そのベクトルの状態を図1の2段目に赤い矢印で示しました.やはり図の2段目には,この赤いベクトルを2辺とする平行4辺形(グレーに着色,平行4辺形の頂点には格子点がある)を図示しました.これは単位胞と呼ばれます.
図の3段目は,1つの格子点を中心とし,隣接格子点と結ぶ線の垂直2等分線で囲まれた図形を示しました.この図形はデリクレ胞(固体物理の方では,ウイグナー=ザイツ=W-Z胞)と呼ばれます.デリクレ胞の作り方から,”格子点にデリクレ胞を配置すれば平面が隙間なく埋められる”ことは明らかでしょう.それぞれのブラベー格子の対称性はデリクレ胞の対称性に帰着すると言っても良いでしょう.
図1

 

 

 

 

 


■5つの格子のタイプ(ブラベー格子という)の復習はここで終えましょう.
ブラベー格子の内の「一般格子」は,2回回転対称(格子なら自然に生じる)しかないので除外し,他の4つについて,実際の例を伝統模様で見てみましょう.
以下の図2を見て,どの文様がどのブラベー格子に所属するかご鑑賞ください.
図2
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周期と平面のデジタル化

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数学月間SGK通信 [2017.05.02] No.165
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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■モワレ縞
次の図をご覧ください.λ1の正方形目の格子と,λ2の正方形目の格子が,互いに平行のままで重なったときに生じるモアレ縞です,
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/61/18015761/img_0_m?1493248332

生じるモワレ縞の周期 Lは,1/L=1/λ2-1/λ1 の関係で決まります.
子供の頃,織物検査器というのを玩具にしていました.布地の上に硝子板を乗せると,モワレ縞がはっきり表れ面白い.
この原理で1インチの中に何本糸があるか,織物の出来が均一かなどが,調べられる訳で,
ものさしの様なガラス板の中に,既知の間隔の線がたくさん引かれていました.

■周期的な平面(平面のタイル張り)
周期的な平面は,1種類のタイルでタイル張りされています.つまり,デジタル化された平面と言えましょう.
どんな形のタイルが,平行移動のみで平面をすきまなく埋め尽くすことができるかといえば,
(1)平行4辺形,あるいは,(2)平行6辺形のタイルです.
(1)平行4辺形とは下図の(A)のような形です.
これらは,向かい合った平行な辺どうしは同じ長さ.向かい合った辺どうしを突き合わせて平面を敷き詰めることができます.
向かい合った辺に同じような変形を加えて図案のモチーフを作ります.エッシャーの作品の2羽の鳥はこのようにして作られました.
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/27/17239427/img_4_m?1493646655

(2)平行6辺形は平行な辺どうしが同じ長さの図形で,下図の(B),(C)のような形です.
これらは,向かい合った平行な辺(同じ色に着色)どうしを突き合わせて,平面を敷き詰めることができます.
向かい合った辺に同じような変形を加え,図案のモチーフを作るとエッシャーの様な繰り返す絵が作れます.
私は, ハロウイン魔女を作って見ました.
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/27/17239427/img_5_m?1493646655

(3)平行8辺形以上は平面を敷き詰められないのは何故でしょうか
平面は2次元のために独立な平行移動の方向は2つだけで,3つ目の方向は決まってしまいます.
可能な並進方向は全部で3つで,4つ目の方向は存在できません.
従って,敷き詰め可能なのは平行6辺形までということになります.
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/27/17239427/img_6_m?1493646655

■お知らせ
●数学月間勉強会
「結晶空間群で,物理と数学を学ぼう」,
谷 克彦(日本数学協会幹事)
●数学月間の会,日本数学協会

日本数学協会は,7/22~8/22を数学月間と定めました.
数学と社会の架け橋=数学月間は今年で13回になります.
このたび,「数学月間勉強会」シリーズを始めます.
数学月間流勉強会の特徴は,テーマを,数学と社会(今回は,物理/芸術)の両面からとらえることです.
それは,完成した数学の学習ではなく,数学が生まれる現場に立ち会うようでもあります.
”通俗解説書は何冊読んでもピント来ない(私もそうです),一方,補題・定理の証明に終始する抽象数学は味気ない”
と思っている皆さん,とくに若い方々にお勧めします.初心から専門の方まで広くご参加を歓迎します。

●日時:6月28日,15:00~17:00
●場所:東京大学出版会,会議室
最寄り駅は,駒場東大前
●無料
●問い合せ・申し込み: sgktani@gmail.com
●第1回のテーマ:
「周期と空間のデジタル化」,繰り返し模様を鑑賞する     
第2回は,「結晶点群」と部分群を理解する
第3回は,並進群の結晶点群による拡大「結晶空間群」を作る
第4回は,因果律の対称性
の予定です.

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