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今日の放射光実験

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数学月間SGK通信 [2016.12.20] No.146
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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本日(12月20日)は,放射光を用いた毛髪の蛍光X線分析に参加しています.
私にとっては,十年ぶりの放射光実験です.
励起X線ビーム(20keV)で毛髪を照射すると,毛髪に含まれているほとんどの原子の(原子核に捉えられている
1番内側の電子)K殻電子を,原子から飛び出させることができます.
こうしてできたK殻電子の空孔に,外側の電子(高いエネルギーのL殻やM殻)が落ちてきて埋め,安定な原子になりますが,
このとき放出されるX線が蛍光X線で,そのエネルギーは元素によって決まっています.
これが蛍光X線で元素分析ができる原理です.
この蛍光X線の測定で,観測されるバックグラウンドに影響する現象を,
ここで,数式に頼らず平易に解説してみようと思います.
■X線は電磁波
X線は周波数の高い(エネルギーの大きい)光(電磁波)です.eVというエネルギーの単位で表すと,
可視光線は,1.6eV(赤)~3.2eV(紫)の程度ですが,今日,私が実験で使うX線は20keVです.
■弾性散乱
物質をこのX線ビームで照らすと,どんなことが起こるでしょうか?物質は原子が集まってできており,
1つの原子は,原子核とその周りのいくつかの電子からなります.電磁波の電場は+-が入れ替わる振動電場です.
水平に飛んで来る放射光ビームの電場は,水平面内で振動しています(水平偏波).
その周波数は,20keVのエネルギーですと4.8x10^18ヘルツです.
この振動電場のなかに置かれた原子の電子も,電場の周波数と同じ周波数で振動します.
原子の内部が分極し双極子となり,これが+-振動する.振動する双極子は,電波の源になり,同じ周波数の電磁波を出します.
これをX線の散乱といいます.電線を張って,高周波の電流を流すと,電線に垂直な方向に電波が飛んで行きます.
これをダイポール(双極子)アンテナと言いますが,原子の1つ1つが小さなダイポールアンテナになるわけです.
物質に入って来るビームと散乱されていくビームのなす角度χを散乱角と言いますが,
散乱角0°や180°の方向(アンテナの腹に垂直)に強い散乱があり,
散乱角90°の方向(アンテナの先端方向)にはほとんど散乱されません.
電磁波の強度は振幅の2乗に比例しますから,入射波の電場ベクトルと散乱波の電場ベクトルの内積の2乗(cosχ)^2が,
散乱波強度の大雑把な方位依存性を決め,これを偏光因子と言います.
1つの原子には原子番号だけの複数の電子がありますから,原子によってその散乱能力が異なります.
電子のたくさんある原子の方が強く散乱を起こします.
ある原子により散乱角χの方向に散乱されるX線の散乱強度は散乱振幅の2乗で,
ボルン近似で求めた散乱振幅は,その原子の電子分布密度のFourier変換になっています.
実験では,散乱X線がほとんど消える水平面内で散乱角χ=90°の位置に検出器を置きます.
ここまでの説明は散乱によりX線のエネルギーが変化しない(いわゆる弾性散乱)についてでした.
■コンプトン散乱
X線のエネルギーが変化する非弾性散乱で重要なのは,コンプトン散乱と呼ばれるものです.
これは,入射するX線のエネルギーの一部が電子の運動に渡され,散乱されるX線のエネルギーが減少する散乱です.
散乱の前後で,エネルギー保存則と,運動量の保存則が成り立ちます.計算すると,
散乱角が0°ではX線のエネルギー損失はありませんが,散乱角が大きいほどエネルギー損失は大きく,
散乱角χ=90°では,入射光20keVの場合,0.754keVの損失になることがわかります.
コンプトン散乱を考慮してバックグラウンドの理論値を見積もることができます.

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