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数学月間SGK通信 [2016.05.31] No.117
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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いよいよここにきて選挙の動きが激しくなってきました.
はたしてダブル選挙があるのかないのか?
今回は,前回の「世論調査は正しいか」に続いて,「視聴率調査は正しいか」です.
これは,日刊ベリタに掲載(05/30)したものです:
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201605300831101
アメリカの視聴率調査会社ニールセンが,機械による視聴率調査をスタートさせたのは1961年.
日本でも1962年9月にビデオリサーチが設立され,12月より機械による視聴率調査が始まりました.
(ビデオリサーチは電通系列)
関東,関西,名古屋の3つの地区では,それぞれ600世帯にピープルメーターPMと呼ばれる装置がテレビに取り付けられ,
分ごとのデータが蓄積・送信されています.このシステムはPMシステムと呼ばれます.
この他に,オンラインメーターシステムというものがあり,全国に24地区(各地区の200世帯)で実施されています.
http://www.videor.co.jp/rating/wh/03.htm
例えば,関東地区には15,000,000世帯ありますが,そのうちから選ばれた600世帯だけが調査の対象になります.
全対象(母集団)の調査をするのが正確なのですが,実際には,“選ばれた”(サンプル集合)について調査をします.
全対象の調査(全数検査)は,国勢調査などの限られた調査だけです.統計量の解析は,サンプル集合について実施し,
それを母集団のものと推測します.
それが意味を持つ根拠には,サンプル集合は母集団の性質を代表しているということが前提にあります.
つまり,サンプル集合の作り方が,ランダムサンプリングによるということが前提にあります.
しかし,それがランダムサンプリングであるかどうか誰も保証できない.無作為に細心の準備をして実施しても,
サンプリングにバイアスがあり,サンプル集合に偏りがあることはしばしばあります.
2015年の英国総選挙で起こった外れた世論調査の原因研究報告については,前回のメルマガで述べました.
ビデオリサーチのサンプル数は,如何にも少ない感じがするでしょう.
サンプル数600は母集団の1/25,000(抽出率)です.ところがこれで大丈夫だというのです.
標本誤差(600世帯のサンプル集合で解析した統計量の母集団の統計量からのずれ)は,
視聴率10%(90%)では±2.4,20%(80%)では,±3.3,30%(70%)では±3.7,40%(60%)では,±4.0%,
50%では±4.1%です.
大きな母集団に対して,意外に少ないサンプル数でよい解析ができることになり,これが現在実施されている根拠です.
しかしながら,サンプル集合が母集団を代表している(ランダムサンプリングである)という保証はありません.
これらの議論はランダムサンプリングでなければ崩れてしまいます.
そして,サンプル数が少なければランダムサンプリングから外れる危険性は増加すると言わざるを得ません.
私たちの感じる心配は,いわれのないことではないのです.
視聴率調査結果を皆さんはどこまで信じますか?
出された数字が独り歩きし,人々を誘導するのは,前回の世論調査と同じです.
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数学月間SGK通信 [2016.05.24] No.116
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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今年は選挙の年ですが,世論調査を鵜呑みにしてはいけません.
世論調査のためのサンプル集合は信用できますか?
母集団からサンプル集合を作るのに,
意見を聞く集団が偏っていることは良くあります.
視聴率調査のビデオリサーチのように,サンプル数の少ないものもあります.
母集団を代表しない偏ったサンプル集合では正しい情報が得られません.
ランダムサンプリングであるのが前提ですが
ランダムサンプリングであるかどうか事前に判定できません.
昨年6月の英国総選挙の世論調査では実際にそのようなことが起こり
保守党と労働党の票獲得は,予測された「統計的デッドヒート」が実現せず,
保守党が労働党に対し7ポイントの優位で下院の多数を勝ち取った.
選挙直後に,外れた世論調査の原因研究が
英国世論調査会議BPCと市場調査協会MRSによって立ち上げられ,
2016年3月に報告書(120ページの長文)が出た.
この報告書は大部のため,本稿への引用は,Tarranのエッセイによる(注).
報告書によると,サンプルが母集団を代表するものでなかったことが,
世論調査ミスの主原因であるというのだ.
世論調査組織が使ったサンプル補集の方法が,
労働党有権者を過剰に,保守党有権者を過少に系統的に集め,
適用された統計的調整手順も,これらのエラーの低減に効果がなかったという.
報告書が勧告する改善提案は,将来起こりうる世論調査ミスのリスクを低減するが,
リスクそのものを取り除くものではないことに注意しよう.
世論調査では,今後も非ランダムサンプリングを使用せざるを得ない.
ランダムサンプリング(確率的サンプリング)は,実行するのに,費用と時間がかかる.
しかし,非ランダムサンプリング(非確率的サンプリング)に比べて明らかに優れている.
非確率的サンプリングではサンプルに偏り(バイアス)が生じ易いのだ.
回答者がランダムに選択されるなら,母集団のすべてのメンバーに,調査参加者となる一定のチャンスがある.
これ自体は,得られたサンプルが,母集団の完全な代表であると保証するものではないが,
選択のランダム性は,代表されるグループの外部/内部を調整するためのサンプリング理論の適用を可能にする.
また,サンプルへ自己選択される可能性を下げ,回答者の採用過程で,バイアスがかかるリスクを軽減できる.
研究報告書を読んで失望する読者もいるだろうが,失望が畢竟実用主義への道を与え,
世論調査の難しさと不確実性を理解することになる.母集団でなくサンプルで解析するのだから限界がある.
世論調査は将来起こるかもしれない行動について,
有権者のようなよくわからない母集団を調べるので苦しい闘いに直面している.
世論調査の実施方法の高い透明性と,その推定の不確実性レベルを明確に伝える責任がある.
それぞれの政党の支持率の信頼区間と前回公開世論調査に対するそれぞれのシェア変化
の統計学的有意差検定を合わせて報告することを報告書は勧告している.
メディアのコメンテータは,世論調査で出た政党支持のわずかな変化を過剰に解釈する傾向があり,
証拠が推論をサポートしていない(統計的に有意でない)のに,公衆に党の運命が変わってきたと印象づける.
このようなことは避けるべきだ.
(注)https://www.statslife.org.uk/politics/2752
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数学月間SGK通信 [2016.05.17] No.115
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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皆さんお変わりありませんか.良い季節になりました.
今日は町の歩道で見かけたタイルの景色についての軽い話です.
■問
Fig.1Aをご覧ください.綺麗な市松模様が見えます.
確かに斜めから見ると(Fig.1B)コントラストがあります.
しかし真上から見ると(Fig.1C)コントラストがつきません.何故か?
Fig.1
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/77/17449077/img_3_m?1463289592
■正解発表
タイルの条線がコントラストに差を生じると思ったでしょう.その通りです.
条線に直角な横方向から浅い視射角で見下ろす場合Aと,
条線方向から浅い視射角で見下す場合Bを比較すると,前者Aの方が暗く見えます.
だから,条線が市松模様になっているタイル張りを,浅い視射角で見下すとコントラストの市松模様が見えます.
見る方向を90°変えると,いままで条線方向を見せていたタイルは,条線が横方向になりますので,
タイル張りの市松模様コントラストは逆転します.
では,条線の横方向から浅い視射角で見下すAは,条線方向から見るBより,
タイルが暗く見えるのは何故でしょうか?
Fig.2
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/06/17451706/img_2_m?1463289812
Fig.2をご覧ください.視射角θが浅い(A)の場合は,条線の底(図中の緑)が見えません.
しかし,(A)の場合でも視射角θが大きくなれ条線の底(図中の緑)が見えます.
実地にタイルを観察してみると,条線は1mm程度凹んだ底で,
その上,条線の底はタイルの凸部より白くなっている(散乱光の光量が多い)のです.
従って,視射角が浅くなると条線(図中の緑)から散乱光が視点まで来なくなりタイルは暗く見えます.
一方,条線の方向から見た(B)の場合は,視射角にかかわらず,いつも条線の底(図中の緑)が見えますので,
タイルは大体明るく見えます.
この解答へのヒントとして,浅い視射角で撮影した写真(Fig.1B)と,
タイルの真上から撮影した写真(Fig.1C)を掲載しました.
■以上で,この話は完結で,私のfacebookに掲載したところ.読者の方から反響やコメントがありました.
写真(Fig.1A)で,横方向の条線タイルの中がさらに明・暗のコントラストに2分されている所があるのは何故かという疑問です.
写真(Fig.1A)の写真撮影では,できるだけ見やすく,均一な効果が出る場所を選ぶのに苦労しました.
説明通りに均一な市松模様のできる場所はありますが,1枚のタイルの中が明・暗に2分される場所もあるのです.
言及しないつもりでしたが,その説明が必要になり考えました.
タイル真上から見た写真(Fig.1C)を詳しく見なおしても,タイルの条線の幅も深さも均一です.
このような1種類のタイルで市松模様を作るという条件で,この現象の説明を考えるなら,
タイルが平面ではなく,タイルの表面が円柱表面のように(条線方向を円柱の軸方向)わずかに反っている場合
しか考えつきません.しかし,facebookの読者は,タイルの反りでの説明は満足しないようです.
そこで,タイル張りの別の場所(Fig.3A)で,真上から撮影した写真(Fig.3B)がありましたので,それも調べて見ました.
写真(Fig.3B)を見ると,タイル内の半分領域の条線がつぶれているタイルもあることがわかります.
これでこの疑問は解決しました.
つまり,完璧な条線のタイルだけで市松模様を作るという仮定から導けるパターンではなかったのです.
Fig.3
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/06/17451706/img_3_m?1463289812
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数学月間SGK通信 [2016.05.10] No.114
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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連休も終わってしまいましたが,皆さまお元気でお過ごしでしょうか.
大変な日々をお過ごしの方もおられるでしょう・お見舞い申し上げます.
今回は,対称性とキューリーの原理について紹介します.
ピエール・キューリーは,私の最も好きな科学者で,
キューリーの原理も学生の頃から今までずっと心を奪われている事柄です.
半導体や誘電体など色々な材料で,色々なデバイスが作られています.
例えば,半導体結晶を舞台にして,光子や電子が演じるパフォーマンス
を利用するのが,半導体デバイスです.舞台となる結晶世界は周期的なデジタル世界です.
(周期的な空間は「結晶空間」とも呼ばれます)
周期的な空間の数学(対称性)はとても重要で魅力的,いつも私の心をとらえていました.
この分野では,フェドロフ,シュブニコフ,ベーロフ,ザモルザエフなどの学者を輩出した
ロシアが大変魅力的で,1970年代にはロシアの本を一生懸命勉強したものです.
結晶の幾何学(数理結晶学発展史),結晶空間(周期的空間)の対称性
の話は,ぜひ取り上げたいと思っていますが,
今回は,キューリーの原理の易しい紹介にもどります.
色々な「系(もの)」や「そこで起こる現象(こと)」の理解に,「対称性」の考え方が使われます.
ピエール・キューリーは,“結晶という舞台”で起こる”物理現象の対称性”を研究しました(1894).
水晶結晶の圧電効果はその例です.
「舞台の対称性は,その舞台で起こる現象の対称性に反映されるべきだ」という因果律は,
キューリーの原理と呼ばれます.
色々な分野で,原因(舞台)と結果(現象)のそれぞれの対称性間でこの因果律がなりたちます.
例えば,結晶にX線ビームをあてたとき,結晶を通過したX線の作る回折パターンの対称性には,
その原因となった結晶の対称性が反映されています.
あるいは,運動量保存則が成り立つのは,空間が無限に広く一様であり,
平行移動しても変わらないからです.
エネルギー保存則が成り立つのは,時間に関して変わらない時です.
環境舞台とそこで生きる生物の形.結晶構造とそこで起こる物理現象.
万華鏡の鏡室と生じる繰り返し模様.
こられもみんな対称性の因果律が支配しています.
「もの」や「こと」の対称性とは,変換をほどこしても,
「もの」や「こと」が全体として変わらない性質です.
例えば,回転や鏡映で系全体が不変なら,その系には回転対称,鏡映対称があるといいます.
音楽や詩歌の形式や韻律.
絵画,壁紙模様,タイル張り模様,建物,などのデザイン.
.....,芸術を始め色々な分野で,対称性の考え方が役立ちます.
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数学月間SGK通信 [2016.05.03] No.113
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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連休の中日となりました.良い休日でありますように.しかし,
地震で落ち着かない日々を過ごされている方もおありでしょう.
お見舞い申し上げます.
今年の数学月間懇話会(第12回)のお知らせです.
日時:7月22日,14:00~17;00
場所:東大駒場キャンバス,数理科学研究科・002号教室
1.数学者って,どんな顔をしてる?
亀井哲治郎・河野裕昭(亀書房・写真家)
2.世論調査は正しいか
松原望(東京大学名誉教授,聖学院大学)
3.ガン登録とガン統計
田渕健(東京都立駒込病院)
参加費無料.
17:30より構内カフェテリアにて懇親会(各自払い)
問い合わせ先:sgktani@gmail.com(日本数学協会,数学月間の会)
みなさんのご参加をお待ちします.
始めの話題は,JIR(ジャーナリスト・イン・レジデンス)という活動の紹介です.
編集者の亀井さんは,写真家の河野さんと組んで,
数学者へのインタビューと写真撮影を続けて,すでに150人を超える人たちを取材しました.
今年のテーマは統計学です.次に,2つの話題を取り上げます.
世の中は不確かなものやことばかりで確率で記述されます.
確率の正しい理解が必要です.
従来,得られなかったようなデータも多量に収集できる時代になりました.
でも,データ収集が恣意的であったり,不合理な解析をしたりすると
どんな結論でも導くことができるので,だまされないように要注意です.
(その他お知らせ)
5月22日に,日本数学協会のシンポジウムがあります.
こちらの方は,協会員は無料ですが一般の方は若干の参加費がかかります.
場所:大東文化大学
13:30-14:30 岡本龍明(NTT),暗号
14:50-15:50 加藤文元(東工大),ライプニッツ
■雑談:エンブレム
このデザインの生まれるまでを,勝手に推理してみました.
おそらく次の順番で,右端のデザイン(パラリンピック)に到着したのでしょう.
地球(ステレオ投影)のイメージ(左端)から,2番目の市松模様を作り,
赤い円領域をくり抜くと,パラリンピックのエンブレムになります.
ここまでは自然ですが,これからくり抜く穴を中心に持っていくのは,
平行移動のパズルで難しい.でもいくつかのユニットを平行移動だけで入れ替えると
オリンピックのエンブレムができます.
そこで,次の疑問が浮かびました(未解決です).
オリンピックのエンブレムが3回回転対称に落ち着くのは何故でしょう.
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/97/17424497/img_0_m?1461891630