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X線の微小ビームを作る

 

X線は光(電磁波)の仲間です.次の図をご覧ください.波長で言うと左の長い方にはラジオ波,マイクロ波,などの電波があります.われわれの目に見える可視光線はvisibleと記載したほんのわずかな領域です.波長がさらに短くなっていくと,ultrvaiolet,softXrays,hardXraysの領域になります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて,X線を集光する凸レンズは作れません.その理由は,X線に対する物質の屈折率(n=1-δ-iβ)が,真空中(n=1)とほとんど同じ[わずかに1より小さい(δ~10^-6,従って,n≒1)]だからです.

物質による電磁波の散乱現象は,電場中に置かれた物質中の電子(それぞれの原子核に束縛されて存在)が,電場と同じ周波数で振動子し,振動する双極子(原子核と電子)から同じ周波数の電磁波が放射されることです.
原子核に束縛されながら振動している電子の周波数(原子の種類jにより固有の値)ω_jが,入射した電波の周波数ωに比べて,可視光線の場合はω<<ω_j,X線領域ではω_j<<ωの違いがあり,これが,物質の光に対する屈折率が1より大きく,X線に対する屈折率が1より小さく(ほとんど1)なる原因です.

■X線に対する物質の屈折率はほとんど1でしたから,物資に入射したX線は屈折せず直進します.しかし,物質の屈折率が,1より小さいので,物質表面で全反射させることはできます.これを利用して,X線を集光する反射光学系がいろいろ作られています.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■もう一つのX線を集光する素子はゾーンプレート

2種類のX線顕微鏡の光学系を上に掲載しました.トロイダル・ミラーやシュワルツシルト光学系が使われる例と,ゾーンプレートが使われる例です.

Hichcock教授のSTXMでもゾーンプレートが用いられています.
以下で,ゾーンプレートの仕組みを解説します.ゾーンプレートは光に対しても,X線にたいしても効果がありますが,光源は単色光(波長λ)である必要があります.

ゾーンプレートは,下図のような同心の輪帯環よりなります.図の黒い輪帯環はX線をストップする金属膜がある輪帯環で,白い輪帯環はX線が通過できる輪帯環です.ゾーンプレート前面に入射するX線は,単色(波長λ)である必要があります.最初の白い輪帯環を通過したX線と,次の白い輪帯環を通過したX線の行路差は,焦点位置でちょうど波長分λだけ異なるようします.他の白い輪帯環でも同様で,すべての白い輪帯環を通り抜けたX線は,焦点までの行路で波長λの整数倍だけずれるようにするので,焦点位置で位相が全部そろい強め合います.こうして,単色(波長λ)のX線が焦点に集光できることになります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

STXMによる有機材料のマッピング

STXM(走査型透過X線顕微鏡)は,有機材料の化学状態のマッピングができる重要な評価技術です.実験を計画されている方々のお役に立つように,私たちの過去の実験(2000年10月)を紹介しましょう.

■私たちは,1粒のトナーの中に練り込まれている有機物分子の分布状態を知る必要がありました.高精細のトナー1粒のサイズは5~10μmです.その1粒のトナー中には,種々の有機材料(レジン,ワックス,色素,電荷制御剤,など)の分子を練り込んでいます.それらの分子がどのように分布しているか観察したいものです.特徴的な元素を含む分子の分布をみることはさして困難な課題ではありません.蛍光X線を用いれば元素分布のマップを簡単に得ることができます.電子顕微鏡でもエネルギーロスEELSで見ることができます.しかし,トナーの場合は,分布しているのがすべて有機物(炭素原子Cが主体の分子)ですから,蛍光X線分析は役に立ちません.
分子内の炭素Cの結合状態の違いで有機材料を見分ける必要があります.分子のC原子の結合状態(1重結合か,2重結合が,π電子系か,どんな官能基が付いているか)で,炭素の1s電子の吸収端近傍のスペクトルの形がわずかにことなることが手掛かりです.炭素1s電子の吸収端は285eV程度ですので,この付近の吸収スペクトルは,軟X線領域(真空中で測定)になり,この実験のできる装置は,2000年当時は,Hitchcock(McMaster大)教授が,米国バークレイの放射光施設ALSに作ったBL5.3.2とBL7.0でした.エネルギー分解能0.1eV,ビームの空間分解能35nmという素晴らしい性能です(aXis2000という解析ソフトも完成していました).これを用いて2000年から数年間共同実験をしました.

 

(写真)左からDr. Araki,Dr. Kilcoyne,Dr. Hitchcock

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸収端のちょっと上の50eV~1000eV程度までの範囲に現れるスペクトをEXAFSといい,吸収原子周囲の配位構造の解析に使えることはご存じかもしれません.一方,吸収端近傍のせいぜい50eVまでは,XANESとかNEXAFSと呼ばれます.原子は吸収端のエネルギーを吸収して,光電子波を発しますが,吸収端近傍では電子波の持つエネルギーが小さく波長が長いため多重反射が起こり,周囲の配位原子に反射され吸収原子の位置に作る電場は非常に複雑なので,EXAFSのように配位構造の解析には使えません.しかし,吸収原子周囲の化学状態に特徴的な吸収スペクトルになり,分子を知る手がかり(指紋のような)になります.

■ここで初期の結果(2000年10月)を紹介しましょう.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2次元にスライスした試料の1点1点ごとに,Cの吸収端付近でX線の波長をスキャンすると,その点に存在する物質分子(一般的に,数種の分子が重畳されている)に特徴的な吸収端に対応して透過X線のコントラストが変化しますから,画面を見ていると物質の分布状態がわかります.上の写真では,エネルギーをスキャンしていくと,赤や青でマークした部分のコントラストが逆転したりして,違う物質が分布していることがわかります.

 

 

 

■用いる数学について

このデータ処理のための数学は特異値分解といいaXis2000で実行します.
X線のエネルギーEのときの,サンプルの点(x,y)のコントラストは,
Σμ_i(E)・t_i(E) ,iは分子の種類,μ_iとt_iは分子iの吸収率と存在量です.
各点(x,y)でΣμ_i・t_iのデータを測定しますが,1画面の測定ができると,エネルギーをΔEスキャンしまた画面の各点を測定するので,Eのステップ数分の各点(x,y)の吸収データが得られます.結局,各点(x,y)でスペクトルが得られたことになります.各点でi種類の分子をどのような比率で混ぜると観測したスペクトルと同じにできるかという問題を解くことになり特異値分解を用います.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究のまとめは,トナー1粒内の立体的な分布の再現です.各スライス断面で測定し解析した分布を積み重ねて3D像を再現しました.

J.Phys.Ⅳ France 104(2003)509, A.P.Hitchcock, et al.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ この装置のゾーンプレートの光学系の仕組みはとても面白いのですが,今回はここまでにします.

エッシャー視覚の魔術師

この記事は,SGK通信No298(2019.12.24)をリメイクしたものです.
その時の感想の抜粋をシネマジャーナルに掲載いただきました.
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/escher-review.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が,映画「エッシャー 視覚の魔術師」を見たのは,アップリンク渋谷で(2019.12.20),
まだ新型コロナウイルスを知らなかったころです.
最近は,新型コロナウイルスの流行で,私たちは映画館から足がすっかり遠のいてしまいました.

『エッシャー 視覚の魔術師』6/28-7/4(土)深谷シネマにて上映決定!!という情報をお聞きしました.
遠出をしないで済む地元の方々は,ご覧になる良い機会かもしれません.

http://fukayacinema.jp/

http://pan-dora.co.jp/escher/

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■エッシャーは数学者といえる
エッシャー(オランダ,2018)の版画作品を見たことのある方は多いでしょう.
エッシャーの作品はどれも数学的でありますが,いくつかの幾何学分野に分類できます.

・錯視や空間認識,
・パズルやテッセレーション,
・非ユークリッド幾何学,
・周期的壁紙模様(2次元結晶学)
などの分野に分類できます.

数学を駆使したエッシャーの作品は良く知っていましたが,
エッシャーがどんな生活をした人物かはあまり気にしたことがありませんでした.

映画では,エッシャーの息子たちへの取材が面白い.
作品にまつわるエピソードの証言があります:
1955年作「表皮」から1956年作「婚姻のきづな」に作品が発展した状況がよくわかります.
ムッソリーニ時代の全体主義に息子が染められるのを嫌い,イタリアからスイスに移住します.
エッシャーの人物像がよくわかる,とても良い映画でした.

■映画の最後の方で,エッシャーが国際結晶学会の講演に呼ばれて行くところがありました.
私の専門は結晶学で,結晶学会では昔からエッシャーの周期的版画を,2次元結晶の教材にしており,
2次元のブラベー格子や,平面群(壁紙模様)に親しむことができます.
結晶学者には,エッシャー作品は馴染み深いものです.

アルハンブラのモザイクには平面群の17種のすべてがあるという説と1種類欠けているという都市伝説があります.
どちらでしょうか?それとも....? 実際にアルハンブラには行って調べて見たいものです.
ペンローズ・タイリングを発見したペンローズも,アルハンブラのタイルからヒントを得たと聞きます.
エッシャーの周期的版画の原点はアルハンブラのモザイク・タイルにあります.
私も,局所的に高い対称性の星型ロゼットをちりばめた,あたかも高次元宇宙からさす影を思わせる
イスラームのデザインに興味をもっています.

映画のエンドロールにスナップ映像が流れますが,その映像の一つに,大道絵師の光景が写りました.
2018年夏,たまたま行ったニューカッスルの通りで見かけた,エッシャー作品ばかり道に描いていた大道絵師のようです.

■エッシャー作品の生まれるまで
コクセターとエッシャーはオランダで開催された1954年の国際数学者会議で出会いました.
1958年にコクセターはこの分割を掲載した論文*をエッシャーに送り,
これがエッシャーの「極限としての円」の作品群を生むことになります.
http://sgk2005.saloon.jp/blogs/blog_entries/view/46/a655be2fc4e933a93af15e269d8b684e?frame_id=54

極限としての円の数学については,以下のブログを参照ください.
http://sgk2005.saloon.jp/blogs/blog_entries/view/46/2e340c06148db50daae618a772629e15?frame_id=54

(参考)美しい幾何学,p142~143

 

美しい幾何学 
谷克彦   2019-09
ものを見て「美しい」と思ったことは誰しもあることでしょう。本書は美しい図形や不思議な図形を取り上げます。まずは眺めて、鑑賞してみてください。どうして美しいと感じ ...

星型多面体

https://i1.wp.com/vectorfield.net/wp/wp-content/uploads/2017/11/PB180047.jpg?resize=880%2C1024

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都庭園美術館,姫宮の部屋

 

 

 

 

 

 

 

■ 星型正多角形(ダ・ビンチの星型)
 下の青や緑の図形は,星型正多角形の例で星型5角形(五芒星)と星型8角
形(ダ・ビンチの星型)です.頂点同士を結んだ赤い輪郭線は,それぞれ正5
角形と正8角形になり,凸多角形(凹所のない多角形)です.星型自体は,星状凸集合(領域内の点で,領域内の任意の点と結ぶ線分が領域内にあるよう点が存在する図形)ではあるが,凸多角形ではありません.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  青い星型5角形について詳しくみていきましょう.頂点Aから辺をA→C→E→B→D→A
と1周りたどると,辺の向き(→)が2回転することがわかります.あるいは,「5角形の頂点
を1つ飛ばしでたどって,2周して始めの頂点に戻る」という言い方もできます.このような
星形を { 5/2 } と表記します.
 星型8角形(ダ・ビンチの星型)でも同様で,右の図形は { 8/3 } です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星型5角形を 5/2 と書くのは,2×360˚/5=360˚/(5/2) だからです.この星型5角形が頂
点で5つずつ集まる { 5/2, 5 } は,星型小12面体になります.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■星型正多面体(ケプラーの星形正多面体より)
(1)正12面体をコア(芯)にしてできる星型「星型小12面体」
 右の写真の星型は,東京都庭園美術館,旧朝香宮邸,姫宮の部屋の照明器具にも使われています.
コアになるのは正12面体で,その12個の正5角形の面の上に,それぞれ正5角錘を取り付けた形
をしています.正5角錐の頂点は,それぞれ,芯となる正12面体の面に対応していますから,頂
点を結んでできる図形(赤の多面体)は,正12面体に双対な正20面体です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正5角錐の頂点(例えばA)の周りに,星型正5角形 { 5/2 } が5個集まっている立体です.
芯に正5角形の穴のある五芒星の板を,各頂点で5枚ずつ組み合わせると,この立体になりま
す.したがって,この星型正多面体はシュレーフリの記号で { 5/2, 5 } となります.
 さて,この星型小12面体 { 5/2, 5 } は,プラトンの正多面体(正12面体)を芯にして,その
正5角形の面に正5角錐を貼りつけた形でした.同様に,プラトンの正多面体(正20面体)を
芯にして,その正3角形の面に正3角錘(正4面体)を貼り付けてできる形は, 星型大12面体
{ 5/2, 3 } と呼ばれます.これら2つの星型は,ケプラーの星型多面体とも呼ばれます.序に,
この2つの星型に双対な,{ 5, 5/2 },{ 3, 5/2 } は ポアンソの星型と呼ばれます.
 星型小12面体は,五芒星の面F が12枚,稜の数E が30,頂点の数V が12ですので,
F−E+V= −6( 私たちの知っているオイラーの多面体定理では2)となります.これは星型
小12面体の空間が,球の位相と異なり,穴が4つ空いた浮輪と同じ位相であるためです.
(穴が1つ開くごとにF-E+Vは2づつ減ります)

 美しい幾何学,p152-154

 

 

格子

--研究したのはガロワと同級生だったこともあるブラベーBravais(1848)--
■ 周期(デジタル化で生じる),格子,並進群
2次元世界では,互いに独立な2つの基本並進ベクトルが採れます.これを$$a, b$$(両者の長さが同じときは$$a_1,a_2$$と書く)としましょう.
$$a,b$$の整数係数の1次結合をすべて集めた $$ T={h・a+k・b| h,kは整数} $$を,
この平面の格子点の集合(あるいは単に“格子”)といいます.
集合$$T$$は無限集合になりますが, 群の条件を満たしており,$$T$$を並進群とも呼びます.格子を発生させる源となった$$a,b$$の組みの対称性で,格子のタイプが分類できます.これを研究したのはブラベーBravaisで,3次元のブラベ格子は14種であることを数え上げました(1848年).
ブラべ格子とは,結晶点群の対称性を基準に,格子のタイプ分類をしたもの2次元のブラベー格子は5種類,3次元では14種類,4次元では64種類あります.今回のシリーズでは,よく理解できることを優先し,すべて2次元世界に限定して話を進めています.

■ 図の見方

格子点が並んでいます.この格子は,ベクトルa,bの一次結合で生じます.
格子点の1つを原点にし,自分に隣接する格子点と結び,それを垂直2等分する線で囲まれた領域をディリクレ胞(あるいは,ウイグナー=ザイツ胞)などと呼びます.ディリクレ胞タイルの形は,このタイルで平面を隙間なく埋め尽くせる形です.格子の対称性は,ディリクレ胞タイルの形に反映されています.ディリクレ胞は格子点をただ1つ含みます.単位胞というのは,並進の基本ベクトルa, bで囲まれた平行4辺形のことで,格子点を1つ含む単位胞は(one point cell)と呼ばれ,この場合は単純格子pになります.複数の格子点を含む単位胞は(multi point cell)で,複合格子(体心格子I,面心格子F,C面心格子C,A面心格子Aなどが3次元以上で出現)になります.2次元世界では,面心(or体心)格子(私はここで”菱形格子”と名付けました)だけが複合格子です.複合格子というものは,図形の特徴を見やすくするためだけのものなので,複合格子(multi point cell)をいっさい用いず,単位胞の格子(one point cell)だけで統一することもできます.

■5つの2次元ブラベー格子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美しい幾何学,p50~51, p54~55

壁紙模様p3m1とp31mの違い

壁紙模様の対称性は,平面群で17種類に分類できますが,平面群p3m1とp31mの対称性はとてもよく似ています.
以下の2つはともにエッシャーの作品です.比較鑑賞しましょう.

     p3m1                         p31m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらも3回回転対称のある繰り返し模様ですが,鏡映面の入り方に違いがあります.
白い線は鏡映面です.
P31mの方には,鏡映面が集まっていない3回対称軸がありますが
P3m1の方の3回対称軸の場所には,鏡映面が集まっています.
両者の絵から受ける微妙な印象の差は,図のモチーフもあるでしょうが,このような対称性の違いの影響もありそうです.

■正三角形の鏡室の万華鏡を作ると,p3m1の壁紙模様が観察できます.
しかしながら,p31mの壁紙模様は自然には得られません.
その理由は,p31mでは鏡室の内部の図柄が3回対称である必要があるからです.
鏡室の図柄は,ガラス屑が自然に分布して作る図柄なので,
それが3回対称であるなどという偶然はあり得ません.

  p3m1の例 万華鏡映像                  p31mの例  石英の結晶構造

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注)平面群の記号p31m,p3m1の記法について:
p:単純格子,3:紙面に垂直な3回回転軸,
単位胞の辺(並進方向)に垂直な鏡mの有無,その他の方向の鏡mの有無,
(鏡のないときは1と記す)

 

美しい幾何学,p.100,p.110~112

万華鏡の数学

■万華鏡映像の美しさが我々の心をとらえるのは,「空間の完璧な対称性」のせいだけではありません.時間の流れとともに映し出される「千変万化だが一度きり」の映像に,生命を感じるからでもありましょう.
ワンドの中を降り行くすべてのガラス屑の運命は,運動方程式ですべて定まっているとはいえ,ときおりカオスの起こる期待に目が離せません.万華鏡は,対称性(秩序)とカオス(乱れ)の混在が魅力なのです.そして,合わせ鏡が生みだす完璧な秩序は,無限に繰り返される“結晶世界”に迷い込んだようでもあります.
万華鏡 “カレイドスコープ”は,物理学者ブリュースター卿の特許(1817)[発明は1816年]が起源です.特許には,2枚の合わせ鏡の交差角θ°が,360°を偶数で割り切る角度にする:
$$360/θ=2n$$,だたし,$$n=2,3,4,・・・$$ということが書かれています.


■平面群と市松模様
本来の市松模様はチェス盤のように正方格子が交互に塗り分けられたものですが,
3角格子などの場合でも交互に塗り分けられていれば市松模様と呼ぶことにします.
Fig1 


これらは皆,市松模様と呼ぶことになります.頂点で偶数個のタイルが会合している場合に市松模様が作れます.この状況は,ブリュースターの特許の「合わせ鏡の交差角θ°が,360°を偶数で割り切る角度」と同じことです.


万華鏡は鏡(位数2の対称操作)の組み合わせだけで作られます.
物体が1回鏡で反射すると鏡像(向きが裏返る),2回反射すると鏡像の鏡像になり始めの向きと同じになります.
市松模様の黒-白は,物体のある鏡室タイル(グレイ色)と同じ向き="正置像”を黒;鏡像=“裏返像”を白に塗り分けています.

■正方形の鏡室の万華鏡がつくる市松模様
Fig2 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_8_m?1446474652
図(1)万華鏡の鏡室タイルをグレイの正方形とします.
鏡室のフチの赤線は鏡(4枚)です.
図(2)1回の反射で4個のタイルの裏返像(黄色)が生まれます.
図(3)2回の反射で,その外側に8個のタイルの正置像(緑色)が生まれます.
図(4)3回の反射で,その外側に12個のタイルの裏返像(黄色)が生まれます.
このようにして,鏡室タイルはその鏡像を全平面に広げて行き,
平面を市松模様で塗りつぶします.

■3角形の鏡室の万華鏡は市松模様をつくるか?
Fig3 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_9_m?1446474652
1.左図の鏡室3角形ABCは90°30°60°の3角形です.
各頂点で3角形が偶数個集まっています.3つの頂点のまわりはどれも市松模様ができており,
全平面が市松模様であることがわかります.
2.右図の鏡室3角形ABCは45°60°75°の3角形で,
AおよびBのまわりは3角形が偶数個集まりますが,Cのまわりでは偶数個あつまりません.
そのため,全平面では市松模様が出来ないことがわかります.
3.鏡映操作の集合が平面群を作っている場合は,全平面が市松模様になりますが,
逆に,市松模様が何処かで乱れているなら,その鏡の組み合わせは平面群が作れない場合です.
そのような万華鏡のもう一つの例を(Fig4)に示します.
Fig4 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556602/27/17073327/img_2_m?1446474652

イスラムの数学と都市の発展

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ゼロとアラビア数字
最古の記数法は五進法だそうです.5をひとまとめにしたものを「1クワイン」といいました.バビロニアには60進法,20進法を使ったところも,12進法を使った場所もありました.「1ダース」です.
12は約数が多いので10より便利なところがあります.けれども,大勢は10進法に落ち着きました.われわれが指を折って数えるところから10進法が各所で使われるようになったと推測されています.
10進法での記数法には0と1~9までの数字が必要です.これからアラビア数字の起源に思いを馳せるわけですが,0と1~9までの数に対応する何らかの記号があり,それ以前に十進法が確立していなければなりません.
参考書:「アラビア数学奇譚」マオバ・タハン(越智典子訳)白揚社
■イスラムの数学
フワーリズミー(780頃~850頃)は、アッバース朝のバクダッドで活躍しアラビアの数学を確立した代数学の創始者です.
彼の時代のバクダッドをのぞいてみましょう.
ゼロの役割には,位取りの役割と4則演算の対象となる数の役割があります.まず位取りに関していえば,この時代,大勢は和算もイスラムも10進法でありましたから,数を表示するには,・・・・,十万,万,千,百,十,一,の位の場所に,0~9に相当する数字を書いたり,
マッチの軸木のような算木を置いたり,そろばんでは玉で表示したりします.どんな記号を使っても似たようなもので,ゼロの記号がないときはその位は空にしました.アラビア数字に関しては,エジプト,インドから
伝えられたゼロの概念がイスラムで発展しヨーロッパに伝わり完成されたという流れでしょう.
どのような数字でもかまいませんが,0があると空を位取りの場所に配置するよりも明瞭に数字を表示できます.
これが位を明瞭にするので,十,百,千,万,十万,百万,千万,億,...と際限なく単位が必要になることが避けられます.これはイスラム数学の画期的な成果でしょう.
次に,4則演算の対象としてのゼロについてです.分数全体の集合(=有理数)の中で4則演算を自由に行えます.
ただし,ゼロで割ることは禁じられていますのでご注意ください.
ギリシャでは幾何学が盛んでしたが,イスラムの数学ではアラビア数字の記数法を用いて,代数や方程式が進みました.
特に,三角関数が生まれて発展しました.われわれが高校で学んだ加法定理や倍角の公式やそのほか様々な三角関数の公式が証明され,本が出版され,三角関数の数表も発行されました
■平和の都,バクダッド
1100年前のバクダッドは人口100万人の世界最大の都市でした.
その賑わいはまさにアラビアンナイトの世界です.イスラムの教えのもとに
“平和の都”と呼ばれ,アッパース朝宮殿は建築工学,幾何学の粋を集めます.イスラム帝国は,東ローマ帝国と中国(唐王朝)の間に位置し交易に便利です.コーランは“神は商売を許したもうた”と商業を奨励し,売買の証人たる仲介人がいて契約と公正な取引が行われたそうです.
最古の小切手(エジプトの商人が振り出した)も発見されています.
チグリス川とユーフラテス川の間に円城都市(直径2.3km)が建設され,
これを中心とする見事な中央集権行政システムが出来上がりました.
バクダッドに集まる4本の街道は東西南北に延びヨーロッパはスエーデンまで交流があったということです.
(バイキングも正式に貿易しイスラム銀貨が流通しました)
■科学や医学,都市の発展
8世紀に成立したアッバース朝では,カリフや宮廷のワズィールたちが保護をうけ,第7代カリフ,マアムーンが創設した研究施設バイト・アル=ヒクマ(智恵の館)には多くの科学者が集まり,ギリシャ科学のアラビア語への翻訳が進めらました.マアムーンに仕えた科学者・数学者のひとりが,
フワーリズミー(780頃~850頃)でした.
科学では,古代エジプトに起源を持つ錬金術の実験が繰り返され,元素記号が生まれ,文学では,アラビアン=ナイトが生まれ,唐で発明された製紙法もキルギスの戦いの際に伝わりました.
バクダッドには100軒を越す書店があったそうです.
百花繚乱.当時のバグダードのにぎわい言ったらすごい.見たかったですね.イブン・シーナは最先端医学の医学典範を著し,世界初の総合病院がバクダッドに作られました.
病院は寄進され,その運営費も,周辺の市場の売り上げ寄付で行うワクフという相互扶助の制度が,公共施設を支えたそうです.
円城都市を中心に,モスク3万,多くの市場と市場には100店を超す店があったそうです.500年間繁栄したイスラム帝国は,1万2千のモンゴル軍により滅亡しました.チグリス川は血で染まり,本のインクで青く染まったそうです.
アラビア語に訳されたアリストテレスなどギリシャの古典や発展したイスラムの科学は,その後ヨーロッパに伝わりラテン語に翻訳されルネッサンスが花開きます.
参考:

ドキュメンタリー 文明の道「第06集 バグダッド 大いなる知恵の都」
https://www.youtube.com/watch?v=ehEuTnLfOME&feature=share

群論という数学

■群の考え方は色々な数学分野に現れます.そして,群論が適用される対象も様々な分野にあります.
群論を作ったのは天才ガロアで,群論は代数方程式の解法にかかわって生まれました.2次方程式,3次方程式,4次方程式は,その解法が発見されていましたが,5次方程式の解法はどうしても見つけられないでいた時代のことです.
f(x)=x^5+ax^4+bx^3+cx^2+dx+eという5次式は,連続なグラフで,
xが負の方向に絶対値が大きくなれば,f(x)<0,xが正の方向に絶対値が大きければ,f(x)>0になるので,グラフy=f(x)はどこかでx軸を過るはずです.5次方程式f(x)=0には必ず1つの解xが存在し,そのxは係数で表されるはずだと誰もが思っていました.しかし,係数の加減乗除と冪根で表せる解は存在しなかったのです.1820年,アーベルは「5次以上の方程式には解の公式は存在しない」という証明を自費出版しました.アーベルは注目を浴びることなく1829年結核で死亡します.
根の対称性に注目し,群の理論を作り,これを証明したのはガロワですが,ガロワはこの証明を残して,決闘の銃弾により20歳で死亡します.1832年のことでした.
群論が生まれるまでに,ラグランジュ(1770),コーシー,アーベル,ガロア(1832)が関わっています.

■群論が生まれたのは,方程式の解法に関する分野でしたが,
群の概念は,正多面体の対称性(シンメトリー)と相性がよく,この応用の現場で群論を理解するのが良いと思います.結晶は原子や分子で構成される周期的な世界です.無限に繰り返す周期的な空間(結晶空間とも呼ぶ)には,構造の単位となるものが存在し(単位胞と呼ぶ),単位胞が周期的に積み重なって周期的な空間を作ります.単位胞を1つの点で表示すると,周期的な空間は点が配列した格子になるでしょう.つまり,周期的な空間は,(連続な空間ではなく)デジタル化された空間であるといえます.
結晶空間という舞台は,対称操作の集合が作る群という数学系が活躍するのに絶好な分野です.というわけで,結晶空間で群論が活躍するのを具体的に見て行きましょう.

■古典的結晶学について
水晶のいろいろな面の大きさは個体ごとに違うが,「対応する面どうしのなす角度を測ると,どの水晶でも同じ値だ」ということを発見したのはステノ(1669).この現象を,多くの鉱物で調べて「面角一定の法則」としたのは,ロメデリル(1772)です.
この法則は,「結晶の内部構造に原因がある」と洞察したのがアウイ(1783)で,彼は「結晶には単位胞が存在し.この単位胞が繰り返し並ぶブロック細工のようなものだ」と推論しました.
19世紀に入ると,結晶に座標軸(結晶軸)を導入し,結晶面に指数をつける方法が種々定義されました.それらの方法のうち,ミラー (1801~1880〉によるミラー指数が,今日,最も広く用いられています.
「その結晶の単位胞の形に合った座標軸を決めると,すべての結晶面のミラー指数は,簡単な整数で表せる」=結晶面の有理指数の法則といいます.
これは,アウイの述べた「結晶=ブロック細工説」を裏付けるすることにほかなりません.
この時期には, 結晶面の方位(=結晶内部に置いた原点から,各結晶面へ垂線を立てて,結晶内部の原点を中心とした単位球表面に投影する)を,2次元平面へ写像する種々の等角投影法(ステレオ投影など)も生まれています.
3次元の結晶点群は32種(ヘッセル,1830〉,3次元の空間格子(結晶格子)のタイプ=ブラべ格子(1848)は14種が数え上げられ,続いて,3次元の空間群の夕イプが230種であることが,フェドロフ,シェンフ リーズ,バーロー(1885~1894〉により(3名は互いに独立に研究した)数え上げられました.これらは,すべてX線の発見(1895)以前の純粋な数学的業績であるのが興味深いことです.ラウエの回折実験(1912)は,結晶が周期的な内部構造であることの決定的な証拠です.

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今後の計画

空間群をΦとすると,並進群(格子)Tは,空間群Φに正規部分群として含まれるので,並進を法とした群Φ/Tは,点群Gに同型である.ということを徐々に説明します.

ピエールキューリーの原理という因果律

キューリー夫人は皆さまご存じでしょう.マリ・キューリーの夫の
ピエール・キューリーは,私の最も好きな科学者の一人です.
キューリーの原理も学生の頃からずっと心を奪われている事柄です.

水晶などの結晶に圧力をかけると電位が発生する圧電効果(ピエゾ効果)の発見で有名です.水晶振動子はこの性質を使ったデバイスです.
半導体や誘電体など色々な材料で,色々なデバイスが作られます.
例えば,半導体結晶を舞台にして,光子や電子が演じるパフォーマンス
を制御利用して,種々の半導体デバイスが作られます.舞台となる結晶世界は周期的なデジタル世界です.(周期的な空間は「結晶空間」とも呼ばれます)
周期的空間の数学(対称性)はとても重要で魅力的です.
この分野では,フェドロフ,シュブニコフ,ベーロフ,ザモルザエフなどの学者を輩出したロシアに伝統があり,1970年代にはロシアの本を一生懸命勉強したものです.

結晶の幾何学(古典結晶学の歴史)を,速足でレビューしましたが,
ここで,「キューリーの原理」について紹介しようと思います.

色々な「系(もの)」や「そこで起こる現象(こと)」の理解に,「対称性」の考え方が使われます.
ピエール・キューリーは,“結晶という舞台”で起こる”物理現象の対称性”を研究しました(1894).水晶結晶の圧電効果(対称心のある構造では起こりません)はその例です.
「舞台の対称性は,その舞台で起こる現象の対称性に反映されるべきだ」という因果律は,キューリーの原理と呼ばれます.
色々な分野で,原因(舞台)と結果(現象)のそれぞれの対称性の間でこの因果律がなりたちます.例えば,原因(結晶)の対称性G_cryst,結果(その結晶で起こる現象)の対称性G_pとすると,G_cryst⊆G_pです.
この逆が成り立たないのは,結果には注目している原因の他にも別の原因が反映されてもかまわないからです.
例えば,結晶にX線ビームをあてたとき,結晶を通過したX線の作る回折パターンの対称性には,その原因となった結晶の対称性が反映されています.
あるいは,運動量保存則が成り立つのは,空間が無限に広く一様であり,
平行移動しても環境が変わらないからです.
エネルギー保存則が成り立つのは,時間に関して変化がない時です.

因果律のいろいろな例を思いつくでしょう.舞台環境とそこで生きる生物の形.結晶構造とそこで起こる物理現象.万華鏡の鏡室と生じる繰り返し模様.こられもみんな対称性の因果律が支配しています.

「もの」や「こと」の対称性とは,変換をほどこしても,「もの」や「こと」が全体として変わらない性質のことで,
例えば,回転や鏡映で系全体が不変なら,その系には回転対称,鏡映対称があるといいます.

音楽や詩歌の形式や韻律.
絵画,壁紙模様,タイル張り模様,建物,などのデザイン.
.....,芸術を始め色々な分野で,対称性の考え方が役立ちます.