掲示板

日本の数学月間

企画講演(第10回)2021.12.18 「4次元図形歴史秘話」

宮崎興二(京大名誉教授)氏の講演より

 

 

 

 

 

 

 

4次元図形を人類が思いつくのは何時に始まったであろうか.紀元前5世紀のプラトンの「国家」には,洞窟の中で影しか見せないで子供を育てると,2次元しか認識できない人間になる話があると言う.最近の米国情報のみ一辺倒の報道メディアに浸かった日本を筆者は恐ろしいと思う.我々は3次元のなかの2次元を知る.2次元しか知らない者にとって失われた次元の復元は困難な問題である.17世紀に至り,デカルトの直交座標が発見され,4次元の数学的表現が可能になる.18世紀には,カントは4次元哲学の創始者,ガウス,ロバチェフスキイ,ボヤイが非ユークリッド幾何学を作る.19世紀には,メビウス,シュレーフリらが,4次元正多胞体,星型正多胞体を得ている.2千年を超える4次元図形への係わりを背景に,19-20世紀の芸術表現に4次元が現れる.筆者はピカソのキュウビズムなどの理解ができなかったのだが,宮崎興二氏の講演を聴いているうちに,これらの絵画が,4次元のかなり正確な2次元投影を部分構造にした表現であることに気づいた.コンピュータで作図をしなくても天才芸術下家は4次元が見えていたと思える.4次元が投影された種々の2次元断面を重ね合わせて4次元の表現がなされている.アンブロワーズの肖像は正8面体を面とした24胞体になっているとのことだ.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4次元の影響は色々な分野に現れる.「4次元の家」というSF小説を筆者は読んだことがあるが,20世紀には,新しい建築には4次元を取り入れるべしという動きがあったそうだ.我々が4次元を見るとしても,我々の住む3次元に投影されたものとして見るので,4次元の理解はなかなか困難である.日本で,4次元に言及した最初は1888年の菊池大麓で「ディメンジョン」を用い,藤沢利喜太郎は「4次元」,寺田寅彦は「4元」,宮沢賢治は「第4次延長(春と修羅,1922年)」,「第4次元(農民芸術概論,1926年)」を用いたとのことである.

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

注1)以下のnoteの拙文もお読みいただけると参考になります.

https://note.com/sgk2005/n/n2045b4d3c4b0

https://note.com/sgk2005/n/n373a46cb8ecd


注2)宮沢賢治の4次元についての補足:
●銀河鉄道の夜(大正11年ー昭和6年)
これは三次空間の方からお持ちになったのですか
不完全な幻想第四次の銀河鉄道
●春と修羅(大正13年1月20日)
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
●農民芸術概論(大正15年)
おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ
われらのすべての田園とわれわのすべての生活を
一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか

注3)

アインシュタイン来日,(大正11年11月17日)
トシの死(大正11年11月27日)

企画講演(第9回)2021.12.11 「プラズマの定義と神秘さ面白さ.集団的性質」

佐藤浩之助(九大名誉教授,核融合科学研究所名誉教授)

プラズマは,プラズマ乳酸菌,プラズマクラスターなどの日常語に使われるほどに種々の分野に現れる.筆者も,新入社員であった昔にプラズマ・ディスプレイの開発に係わったことがある.オーロラも電離層もプラズマ.プラズマとは;①荷電粒子を含み,②全体として中性で,③粒子がランダム運動をし,④デバイ長(荷電粒子のクーロン遮蔽距離)よりも遥かに大きいサイズ;の集団の状態と定義する.物質の状態には,固体,液体,気体の3態と,それらよりエネルギーの高い第4の状態であるプラズマがある.プラズマ状態は,核融合が起こっている太陽内部のような高温・高密度なプラズマから,オーロラや電離層のような希薄なプラズマまで広範である.
電離層は,太陽からの紫外線やX線により大気が電離しプラズマ状態にあり,上空70~500kmに形成され,$${10^{4}~10^{6}/cm^{3 } }$$の荷電粒子密度(上空の層ほど荷電粒子密度が高い)で,荷電粒子が集団運動(プラズマ振動)する誘電体だ.電離層はプラズマ振動数より高い周波数の電波は通過させ,プラズマ周波数より低い電波を全反射する.従って,短波までの電波は電離層で反射されるが,超短波(10MHz以上)になると電離層を突き抜ける.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電荷$${q}$$,質量$${m}$$の粒子の,磁場$${B}$$や外力(重力や電場)$${F}$$下の運動方程式,$${m\dot{v}=q\left( v \times B \right) +F}$$を,$${B}$$方向の速度$${v_{B } }$$と$${B}$$に垂直な方向の速度$${v_{F } }$$に分け,$${v=v_{B}+v_{F } }$$として解くと,ドリフト速度$${v_{F}=(F \times B)/qB^{2 } }$$を得る.もし,外力$${F}$$が電場のみなら$${F=qE}$$であるので,電荷の正負にかかわらず,両荷電粒子は同方向にドリフトするが,外力が重力のみなら電荷の正負によりドリフト方向が逆になり,プラズマの電荷分離が起こり,生じた電場と磁場に直角方向にさらにドリフトが起こる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



単純トロイダル磁場(トーラス状容器の外側にコイルを巻き発生)では,トーラス内に沿った円環磁場と重力に垂直な方向に電荷分離し電場が発生すると,この電場と磁場に垂直な方向にドリフトが起こる.結局,単純トロイダル磁場によるプラズマの安定な閉じ込めはできない.しかし,単純な円環磁場に捩れた磁場を加えると安定な閉じ込めが可能になる.捩れた磁場の発生方法に,トカマク方式とヘリカル方式があり,前者は,プラズマに電流を流す方法,後者はヘリカルに巻いたコイルを用いる方法である.核融合炉にはプラズマの定常的な閉じ込めが必要だが,球状トカマク方式(九大)で,7時間程度の定常閉じ込めを達成していて,将来の核融合炉の実用化が期待できる.
地球磁場は北極と南極で絞られたミラー磁場で,遠くまで伸びている地球の磁力線にとらえられた太陽風プラズマが,地球磁場に巻きつき旋回運動をしながら,北極や南極のミラー磁場で往復,地球を周回運動する.これらが極域で大気の酸素や窒素原子を励起しオーロラが見られる.

 

企画講演(第8回)2021.10.23 「イマジナリーキューブのパズルと数理」

立木秀樹(京大)

イマジナリーキューブとは,直交する3方向(立方体の3方向の辺)に沿って見る(射影する)と,立方体と同じに見える立体のことで,図に示す正4面体や,HとTなどの立体があります,HとTは,立木氏が開発したイマジナリーキューブ・パズルで現れる立体です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


HもTも1辺1の立方体に入るイマジナリーキューブとすると,1辺2の箱の中に8つのイマジナリーキューブが収まるのは当然ですが,3個のHと6個のTのイマジナリーキューブ計9個を収めるのがこのパズルです.これは,面と面を合わせて空間充填された状態で詰め込まれます.4つのTの頂点が集まる位置にできる窪みにHが突き刺さるように入り,Tの層に挟まれてHが入り,この構造での個数比はH:T=1:2です.空間群でいうとP6/mmmの積層構造になります.無限に続くこの結晶構造から1辺2の立方体の箱に収まる部分を切り取るのは,3回回転対称軸を立方体の体対角線に一致するようにすると得られます.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このイマジナリーキューブの発想は,フラクタルから生じました.イマジナリーキューブ立体図形をフラクタル配置で拡げたものは,やはりイマジナリーキューブになることが,数学的帰納法で証明できます.正4面体から作ったシェルピンスキー4面体(シェルピンスキー・ガスケット)は,やはりイマジナリーキューブであり,Hから作ったフラクタルもTから作ったフラクタルもイマジナリーキューブであります.これらをイマジナリーキューブの辺方向から少しずれた方位で投影した図には,大変美しい形がときどき見られます.3Dプリンターでこれらのフラクタル模型を作ったり,また,正4面体を集めてシェルピンスキー4面体の工作をし,大学から中学までの各レベルの数学学習に合わせて活用しました.数学的帰納法は級数で導入するのが普通ですが,フラクタル図形で導入するのも自然で理解し易いようです.正4面体のイマジナリーキューブ・フラクタルの京大オブジェや,フラクタル日除けを作りました.フラクタル日除けは,日除け自体の熱容量が小さいので熱を貯めないなどの利点があり,酒井敏教授(人間・環境学研究科)がキャンバスに建設しました.太陽光線による影が,イマジナリーキューブになるという特定方位の瞬間は,実際にはないが,フラクタル木漏れ日は気持ちの良いものです.

 

企画講演(第7回)2021.10.02「重力レンズと特異点理論」

河野俊丈(明治大学)

このテーマは,Kavli IPMUにおける数学と宇宙物理の協働研究に関わる.
ガリレイ変換に従う古典力学では,すべての慣性座標系で一つの絶対時間が支配するので,光速は座標系の移動速度の影響を受ける.一方,ローレンツ変換に従う特殊相対論では,どの座標系でも光速は不変(実験事実)としたので,時間は個々の座標系で異なる固有時間$${t'=t\sqrt{1-(v/c)^{2 } } }$$となる.座標系の移動速度$${v}$$が光速$${c}$$に近づくと,その座標系での時間の流れは遅れ,逆に,$${v \ll c}$$ではガリレイ変換の結果$${t'=t}$$に一致することがわかる.
ローレンツ変換に従う真空時空では,計量$${ds^{2}=-c^{2}dt^{2}+dx^{2}+dy^{2}+dz^{2 } }$$が保存されるが,
質量エネルギー分布があるために生じる空間の歪(曲率)は,アインシュタイン重力場方程式により記述されるが,特に,太陽のような天体が作る球対称の重力場に対しては,シュバルツシルト計量が保存される.この時空の光線は,シュバルツシルト計量を保存し,時間が最小となる経路(フェルマーの原理)を進むので,光線経路の偏角を容易に知ることができる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインシュタインリング(NASA)

大きな重力場を有する天体の傍らを通過する光線は,その重力場が空間を歪ませているため,時間が最小となる経路をとると曲がっている.重力レンズとは,重力場が示すこの効果を言う.大きな重力場のある天体の輪郭にリング状の光(アインシュタイン・リング)が観測されたり,実際に存在するのは1つのクエーサー(準恒星)であるのに,これが複数個に観測されたり,像が歪むなどの現象が起こる.これらの現象は,身近な光学現象で見られる光線の集まる火面(コスティック;caustic)の形成と同じである.1点の光源から発した球面波の波面は,途中にグラスなどがあると,その表面で反射や屈折を起こし,折り返され方位を変えた複数の球面波の波面になり,波面が重なり光線の集中する火面が形成される.同様な現象が,重力場でも起こり,波面が折り返され重なり,歪んだ光線の集まる火面の像が観測される.
遠方宇宙にあるクエーサーや銀河からの光が,途中で巨大な重力場を通り,観測者Oに達するのだが,像は観測天球面T上にあり,光源は遠方宇宙の天球面S上にある.観測者O,観測天球面Tの点,遠方宇宙の天球面Sの点の3点は,重力場による曲率のある世界の測地線上にある.光線は途中の重力場で曲がるために,実際に光源となったクエーサーや銀河が存在するのは,観測像の延長上ではない.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クエーサー,および銀河の像(NASA)
我々が観測するこのクエーサーの像は,火面が引きちぎられて5つに見えるものだが,これらが同一光源からの像であることの証拠は,それらのスペクトルが同一であることによる.なぜ5つに引きちぎられて見えるのかというのは,特異点理論が関わる.2つの天球面間に,なめらかな写像T→Sを考えよう.火面形成に関与する波面の集合は写像の臨界点集合で,カタストロフィー理論(ルネ・トム他)によると,写像の特異点の型は①折り目(fold),②カスプ(尖った点;casp)の型があり,臨界点集合の折り目の外側では写像によってSの1点に写されるTの点の個数は1個であるが,臨界点集合をよぎるたびに2ずつ増加するので,一般には上のようなTの点の個数は奇数となる.この写真のクエーサー像と銀河像は,それぞれ,5個および3個の像に観測されている.
特異点理論は,宇宙観測データの膨大な解析と協働して,宇宙の重力場やダークマター,ブラックホールの分布を知ることにもつながる.

企画講演(第6回)2021.9.29 「パズルがひらめくとき」

小谷善行(パズル懇話会会長)

パズルはどの様にして作られていくのでしょうか.パズルがクイズと異なるのは知識なしで考えれば解けることです.パズルのタイプには,論理,図形,計算,物体などがあります.パズルがひらめくと,解答の候補を作りその評価を行います.無解や別解があるか検討し,解がただ一つになるように修正します.


図1は自己参照パズルの例です.4か所に当てはまる数を考えてください.実行すると自分自身を印刷するステートメントや,自分が複製,あるいは自己増殖するステートメントのパズルもこの仲間です.

 

 

 

 

 

 

 

次も論理パズルの例:
男子20人と女子20人のクラスです.最初の女子が「男子のうち少なくとも1人は嘘つきがいる」と言いました.2番目の女子が「男子のうち少なくとも2人は嘘つきがいる」といい,このように次々に進み,19番目の女子は「男子のうち少なくとも19人は嘘つきがいる」と言い,最後の女子は「男子は全員嘘つき」と言いました.このクラスの嘘つきの生徒数は何人かと問います.ーーーーー答えは「20人」です.この論理はたいへん面白い.
パリティ(偶奇性)の支配する世界で,配置が不可能なことを証明する問題があります.10×10の升目の世界に,I型テトラミノの敷き詰めが不可能な証明はパリティ利用で行うことができます.
交差点で必ず曲がる散歩のパズルでも,碁盤の目道路のパリティを利用し解くことが示されました.
物体パズルでは,シリンダー錠の設計に似た「星の姿パズル」などが種々の物が紹介されました.

形のパズルの例では,図2の図形を,同じ形に2分割する方法を問います.

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなか難しい.お考え下さい.この解はただ1つだそうです.

小谷のアリと呼ばれるパズルは,4角柱(立方体を2つ重ねた形)の1つの頂点Aからスタートし,表面を這う蟻の行路で最も遠い位置は何処かを問います(2点間の距離は表面を通り最短なもの.輪ゴムを張ったりして確認できます).答えは体対角線の頂点Bではありません.

 

 

 

 

 

 

ルジンの問題とは,異なる大きさの正方形を敷き詰めて正方形を作るものですが,これが電気回路のキルヒホッフの定理と等価であるとはたいへん興味深い.
他にも多くのオリジナルパズルと,その性質を決めている数学概念について解説がなされました.

 

この形の盤の上に,タコは5つ,ナマコは4つ敷詰めることができます.

企画講演(第5回)2021.9.18 「ゾムツールとVR」

ミノカズヤ(IMAGINARY)

NTT,DOORを用いて作る「数学月間の会バーチャル会議室」でおなじみのミノカズヤ氏にVR(バーチャル・リアリティ)の講演をお願いしました.必要な機材は,ゴーグルと手に持つコントローラ[例えば,Oculus2(3万~4万円)],および,画像処理の速いゲームPC.VRに登場させるアバター(自分の分身になるキャラクター)の作成にはVroidStudio,立体作成や3Dモデリングには,Blenderなどのソフトウエア(これらは無料)を用います.このようにして作成したオブジェクトを,PCのSteamというプラットホームにインポートし動かします.VRでワークショップなどを行うには,Steam上でNeosVRというアプリを用います.ワークショップや数学博物館の開催など,いろいろな可能性がありVRの発展が期待できます.
VRでは,3D空間に図を描き,これを物体のように回転させたり,自分が内部に入って観察したりできます.VRのキャラクターである自分の視線で世界がどの様に見えるか,逆に,周りからキャラクターである自分がどのように見えるかをカメラを切り替えて映し出し,VRの丁寧な説明がありました.ZOOMを介して自分のPC画面で見ているので,実際のVRとは異なるリアリティとは思いますが,その雰囲気は理解できました.

 

 

 


ゾム・ツールは,米Zometool社の製品(日本総代理店:イメージミッション木鏡社)で,多面体の作製に便利です.ノード(球)は1種類ですが,所定の角度に孔が開いていて,結合棒で繋いで多面体が作れます.球には62個の孔[正20面体の面(3回対称位置)の20個,正20面体の頂点(5回対称位置)の12個,正20面体の辺(2回対称位置)の30個]があります.これらの2面角は大概の多面体を作るときに有用です.4次元多胞体の3次元投影模型なども作ることができます.

数学月間懇話会(第17回)第2日(7/31)=新型コロナウイルス感染症と統計数理

■第2日(7.31) 新型コロナウイルス感染症と統計数理,土谷隆(政策研究大学院大学)
本講演が行われた時点で行政が把握していた累積国内感染者は,約903,324名(都内210,610名),死亡者は,15,175名(都内2,288名)でありました(2021/7/30現在).今,振り返ってみれば,この時期は第5波の成長途上で,この半月後に第5波のピークを迎えます.これは,7月23日~8月8日のオリンピック開催による人流増加が関係すると思えます[小池都知事が言うようなTV観戦によるスティホームの効果は疑問です].新型コロナウイルス感染症の流行が,欧米でなぜ激しいかなど,まだ未知の部分が多く残されています.
従来のSIR,SEIRモデルついては,昨年の稲葉講演(数学文化No.35)を参照ください.土谷講演は,判明したコロナの病態を考慮したSIRモデルに関します.それは,感染力を表現するパラメータ$$β(t)$$に,感染能力の保持期間$$D$$を入れたことと,感染力は未感染者の割合にも比例するので,$$S(t)/N$$を$$β(t)$$に乗じたことです.
ここで,$$S(t)$$は感染感受性のある者,$$I(t)$$は感染力保有の感染者,$$R(t)$$は免疫保有の回復者,$$N$$は全人口です.
感染者の変動:$$I(t+1)=I(t)+β(t)I(t)S(t)/N-β(t-D)I(t-D)S(t-D)/N$$
未感染者数の変動:$$S(t+1)=S(t)-β(t)I(t)S(t)/N$$
免疫保持者の変動:$$R(t+1)=R(t)+β(t-D)I(t-D)S(t-D)/N$$
感染して$$W_1$$日で発症,それからさらに$$W_2$$日後に行政によって発表されるとします.

[つまり,感染日は不明だが,$$W_1$$日経過して,PCR検査で発見される.このとき,発症している場合もあれば無症状の場合もある. 症状の有無にかかわらず,感染から$$D$$ 日間感染力を有する.PCR検査日から陽性判定され発表日までの行政遅れは,$$W_2$$ である.これらは,発表データから推定されるが,$$W_2$$ は数日程度,$$D=15$$日程度で,$$W_1$$と$$D$$が特に知りたいパラメー タである]

感染から発表まで行政遅れ$$W_1+W_2$$の存在と,全感染者のうちの$$1/C$$だけを行政は把握できるとし,これを行政的感染者と呼びます:$$P(t+W_1+W_2 )=β(t-1)I(t-1)/C$$.
行政的感染者のうち割合$$r_0$$が発症するとします.$$t$$日の新規感染者が発症するまでに$$W_1$$日の遅延があるので,$$t$$日の発症者数$$H(t)$$は,次のようです:
$$H(t + W_{1}) =r_{0} β(t - 1)I(t - 1)/C$$.
行政で発表されるデータを使い推定するので,行政発表の遅れ$$W_2$$や行政的感染者の概念を導入する必要がありました.発表された新規感染者のデータを用い推定を行い,以下のパラメータが得られました:
$$D=15$$日(感染して人に伝染させる期間),$$C=23$$(行政が把握している感染者の何倍くらい実際に感染者がいるか),$$C=23$$は6月時点のもの,7月22日時点では$$C=8$$まで下がっている).$$W_1+W_2=9$$日,$$W_1=5$$日,$$r_0=0.6$$.

[$$W_1=5$$というのは,感染して5日目がウイルス放出量が最も多くPCR検査で発見されやすい(数学文化No.36,p.66)という事実とよく一致する]

これらに基づいて$$β(t)$$を推計します.$$β(t)$$が1を境にして,感染の拡大/縮小が決まります.感染拡大が起こると,介入がなくても行動変容や自粛が起き,感染は縮小するが,緩むと$$β(t)$$はまた増加する傾向があります.適切な介入やワクチンの影響は$$β(t)$$の減少となって現れます.モデルに基づきどのような介入をすれば感染の縮小が起こるか予測することができます.
わかりやすいモデルの構築は,意思決定責任者と専門家のイメージの共有を促進し,国民の信頼と納得感に直結するので重要です.

数学月間懇話会(第17回)第4日(8/14)=スマホでMATLAB

■第4日(8.14) スマホやタブレットで数値計算,山崎純一(元 大学非常勤講師)

MATLABは優れた計算ソフトウエアですが,非常に高価(私はMATLAB互換な無料のscilabを使っている)です.今は,ほとんどの学生がスマホを持っている時代で,スマホにはMATLABを無料でインストールできクラウドで使えます.講演者は,学生が実験のデータ解析やグラフ作成にスマホでMATLABを使うことを奨励し実践して来ました.講演者の用意したMATLABのスクリプトを,数学月間ホームページの「みんなの広場」http://sgk2005.saloon.jp/lobbyに掲載しておき,ここから,自分のスマホのMATLABにコピー&ペーストして,数値計算を体験出来る企画でありました.

MATLABは線形代数の数学概念の把握に非常に役に立つと思います.連立方程式を解く,固有値問題を解く,特異値分解をする等の計算を通じて,これらの数学概念の理解を深めることができます.線形代数の学習の助けになるようなMATLABスクリプトのライブラリを充実する数学月間のプロジェクトがあっても良いのではないでしょうか.皆さんの作成した教育的なスクリプトを,この「みんなの広場」に投稿して共有の輪を広げましょう.
このように,数学教育でもMATLABの併用は,数学概念の具体的な理解に役立てることができます.もちろん,実地のデーター解析にもどんどん活用しましょう.包括的なライセンスでMATLABを学生全員に使用させる大学もあります.学生が折角もっているスマホやタブレットをゲームに使うだけでなく,スマホをツールにして数値計算に親しむようになることは,まさに,数学月間の狙いでもあります.

数学月間懇話会(第17回)第3日(8/7)=回折対称の上昇

■第3日(8.7) 回折対称の上昇,松本崧生(金沢大学名誉教授)
結晶は原子で構成されており,原子を点と見做すと結晶は点の集合です.結晶の対称性(空間群で記述)は,点集合の対称性に他なりません.結晶で観測される現象の対称性には,その舞台となった結晶の対称性が反映されねばなりません(因果律).しかし,それを超える対称性を持つことを禁じているわけではありません.結晶によるX線回折という現象でも,結晶構造の点群を超えた回折対称(点群)が現れます.結晶からの散乱波は結晶構造のFourier変換であり,観測されるのは散乱振幅の絶対値の2乗(位相情報は失われる)であるので,回折強度像には必ず対称心が生じます(Friedel則).回折像の対称性にFriedel則を超えた対称の出現を回折対称の上昇と言います.観測される回折像の対称性が結晶構造の対称性と信じ込むと,誤った構造解析を進めることになります.
この問題は,結晶モデルとしての点集合の対称性と,点集合で定義されるベクトル集合(任意の2点を結び,そのすべての端点を原点に移動し重ねたもの)の対称性の関係と同値です.ただし,結晶は周期的構造なので点集合は有限集合を採用できますが,ベクトル集合では困難な問題が残されています.同一のベクトル集合を持つが,異なる点集合の構造となるものをホモメトリック構造と呼びます.

図は,1次元のホモメトリック構造の例で,Patterson(1944)が提案したものです.1次元の周期(単位胞)を長さ1の円周で表し,円周上の点配列は,1次元の周期構造モデルになっています.図には円周に沿って並んだ任意の2点の距離が書き込まれています(距離は円弧に沿って測り,弦ではありません).この2つのモデルを比較すると,ベクトル集合は同一ですが,点の配列構造は異なることがわかります.
このような1次元構造を組み合わせて,2次元や3次元のホモメオリック構造を作れます.
1次元の8点系モデルで,ホモメトリック構造を系統的に導く講演者の研究が紹介されました.

回折対称の上昇は,空間群の対称要素を特殊点に作用させたときの同価点集合の対称性上昇と関係があります.空間群より高い対称を示す軌道をリストアップした講演者とWondratschekらの出版(1984,2015)「結晶空間群の非特性軌道」の紹介もなされました.