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日本の数学月間

企画講演(第10回)2021.12.18 「4次元図形歴史秘話」

宮崎興二(京大名誉教授)氏の講演より

 

 

 

 

 

 

 

4次元図形を人類が思いつくのは何時に始まったであろうか.紀元前5世紀のプラトンの「国家」には,洞窟の中で影しか見せないで子供を育てると,2次元しか認識できない人間になる話があると言う.最近の米国情報のみ一辺倒の報道メディアに浸かった日本を筆者は恐ろしいと思う.我々は3次元のなかの2次元を知る.2次元しか知らない者にとって失われた次元の復元は困難な問題である.17世紀に至り,デカルトの直交座標が発見され,4次元の数学的表現が可能になる.18世紀には,カントは4次元哲学の創始者,ガウス,ロバチェフスキイ,ボヤイが非ユークリッド幾何学を作る.19世紀には,メビウス,シュレーフリらが,4次元正多胞体,星型正多胞体を得ている.2千年を超える4次元図形への係わりを背景に,19-20世紀の芸術表現に4次元が現れる.筆者はピカソのキュウビズムなどの理解ができなかったのだが,宮崎興二氏の講演を聴いているうちに,これらの絵画が,4次元のかなり正確な2次元投影を部分構造にした表現であることに気づいた.コンピュータで作図をしなくても天才芸術下家は4次元が見えていたと思える.4次元が投影された種々の2次元断面を重ね合わせて4次元の表現がなされている.アンブロワーズの肖像は正8面体を面とした24胞体になっているとのことだ.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4次元の影響は色々な分野に現れる.「4次元の家」というSF小説を筆者は読んだことがあるが,20世紀には,新しい建築には4次元を取り入れるべしという動きがあったそうだ.我々が4次元を見るとしても,我々の住む3次元に投影されたものとして見るので,4次元の理解はなかなか困難である.日本で,4次元に言及した最初は1888年の菊池大麓で「ディメンジョン」を用い,藤沢利喜太郎は「4次元」,寺田寅彦は「4元」,宮沢賢治は「第4次延長(春と修羅,1922年)」,「第4次元(農民芸術概論,1926年)」を用いたとのことである.

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注1)以下のnoteの拙文もお読みいただけると参考になります.

https://note.com/sgk2005/n/n2045b4d3c4b0

https://note.com/sgk2005/n/n373a46cb8ecd


注2)宮沢賢治の4次元についての補足:
●銀河鉄道の夜(大正11年ー昭和6年)
これは三次空間の方からお持ちになったのですか
不完全な幻想第四次の銀河鉄道
●春と修羅(大正13年1月20日)
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
●農民芸術概論(大正15年)
おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ
われらのすべての田園とわれわのすべての生活を
一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか

注3)

アインシュタイン来日,(大正11年11月17日)
トシの死(大正11年11月27日)

企画講演(第9回)2021.12.11 「プラズマの定義と神秘さ面白さ.集団的性質」

佐藤浩之助(九大名誉教授,核融合科学研究所名誉教授)

プラズマは,プラズマ乳酸菌,プラズマクラスターなどの日常語に使われるほどに種々の分野に現れる.筆者も,新入社員であった昔にプラズマ・ディスプレイの開発に係わったことがある.オーロラも電離層もプラズマ.プラズマとは;①荷電粒子を含み,②全体として中性で,③粒子がランダム運動をし,④デバイ長(荷電粒子のクーロン遮蔽距離)よりも遥かに大きいサイズ;の集団の状態と定義する.物質の状態には,固体,液体,気体の3態と,それらよりエネルギーの高い第4の状態であるプラズマがある.プラズマ状態は,核融合が起こっている太陽内部のような高温・高密度なプラズマから,オーロラや電離層のような希薄なプラズマまで広範である.
電離層は,太陽からの紫外線やX線により大気が電離しプラズマ状態にあり,上空70~500kmに形成され,$${10^{4}~10^{6}/cm^{3 } }$$の荷電粒子密度(上空の層ほど荷電粒子密度が高い)で,荷電粒子が集団運動(プラズマ振動)する誘電体だ.電離層はプラズマ振動数より高い周波数の電波は通過させ,プラズマ周波数より低い電波を全反射する.従って,短波までの電波は電離層で反射されるが,超短波(10MHz以上)になると電離層を突き抜ける.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電荷$${q}$$,質量$${m}$$の粒子の,磁場$${B}$$や外力(重力や電場)$${F}$$下の運動方程式,$${m\dot{v}=q\left( v \times B \right) +F}$$を,$${B}$$方向の速度$${v_{B } }$$と$${B}$$に垂直な方向の速度$${v_{F } }$$に分け,$${v=v_{B}+v_{F } }$$として解くと,ドリフト速度$${v_{F}=(F \times B)/qB^{2 } }$$を得る.もし,外力$${F}$$が電場のみなら$${F=qE}$$であるので,電荷の正負にかかわらず,両荷電粒子は同方向にドリフトするが,外力が重力のみなら電荷の正負によりドリフト方向が逆になり,プラズマの電荷分離が起こり,生じた電場と磁場に直角方向にさらにドリフトが起こる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



単純トロイダル磁場(トーラス状容器の外側にコイルを巻き発生)では,トーラス内に沿った円環磁場と重力に垂直な方向に電荷分離し電場が発生すると,この電場と磁場に垂直な方向にドリフトが起こる.結局,単純トロイダル磁場によるプラズマの安定な閉じ込めはできない.しかし,単純な円環磁場に捩れた磁場を加えると安定な閉じ込めが可能になる.捩れた磁場の発生方法に,トカマク方式とヘリカル方式があり,前者は,プラズマに電流を流す方法,後者はヘリカルに巻いたコイルを用いる方法である.核融合炉にはプラズマの定常的な閉じ込めが必要だが,球状トカマク方式(九大)で,7時間程度の定常閉じ込めを達成していて,将来の核融合炉の実用化が期待できる.
地球磁場は北極と南極で絞られたミラー磁場で,遠くまで伸びている地球の磁力線にとらえられた太陽風プラズマが,地球磁場に巻きつき旋回運動をしながら,北極や南極のミラー磁場で往復,地球を周回運動する.これらが極域で大気の酸素や窒素原子を励起しオーロラが見られる.

 

企画講演(第8回)2021.10.23 「イマジナリーキューブのパズルと数理」

立木秀樹(京大)

イマジナリーキューブとは,直交する3方向(立方体の3方向の辺)に沿って見る(射影する)と,立方体と同じに見える立体のことで,図に示す正4面体や,HとTなどの立体があります,HとTは,立木氏が開発したイマジナリーキューブ・パズルで現れる立体です.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


HもTも1辺1の立方体に入るイマジナリーキューブとすると,1辺2の箱の中に8つのイマジナリーキューブが収まるのは当然ですが,3個のHと6個のTのイマジナリーキューブ計9個を収めるのがこのパズルです.これは,面と面を合わせて空間充填された状態で詰め込まれます.4つのTの頂点が集まる位置にできる窪みにHが突き刺さるように入り,Tの層に挟まれてHが入り,この構造での個数比はH:T=1:2です.空間群でいうとP6/mmmの積層構造になります.無限に続くこの結晶構造から1辺2の立方体の箱に収まる部分を切り取るのは,3回回転対称軸を立方体の体対角線に一致するようにすると得られます.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このイマジナリーキューブの発想は,フラクタルから生じました.イマジナリーキューブ立体図形をフラクタル配置で拡げたものは,やはりイマジナリーキューブになることが,数学的帰納法で証明できます.正4面体から作ったシェルピンスキー4面体(シェルピンスキー・ガスケット)は,やはりイマジナリーキューブであり,Hから作ったフラクタルもTから作ったフラクタルもイマジナリーキューブであります.これらをイマジナリーキューブの辺方向から少しずれた方位で投影した図には,大変美しい形がときどき見られます.3Dプリンターでこれらのフラクタル模型を作ったり,また,正4面体を集めてシェルピンスキー4面体の工作をし,大学から中学までの各レベルの数学学習に合わせて活用しました.数学的帰納法は級数で導入するのが普通ですが,フラクタル図形で導入するのも自然で理解し易いようです.正4面体のイマジナリーキューブ・フラクタルの京大オブジェや,フラクタル日除けを作りました.フラクタル日除けは,日除け自体の熱容量が小さいので熱を貯めないなどの利点があり,酒井敏教授(人間・環境学研究科)がキャンバスに建設しました.太陽光線による影が,イマジナリーキューブになるという特定方位の瞬間は,実際にはないが,フラクタル木漏れ日は気持ちの良いものです.

 

企画講演(第7回)2021.10.02「重力レンズと特異点理論」

河野俊丈(明治大学)

このテーマは,Kavli IPMUにおける数学と宇宙物理の協働研究に関わる.
ガリレイ変換に従う古典力学では,すべての慣性座標系で一つの絶対時間が支配するので,光速は座標系の移動速度の影響を受ける.一方,ローレンツ変換に従う特殊相対論では,どの座標系でも光速は不変(実験事実)としたので,時間は個々の座標系で異なる固有時間$${t'=t\sqrt{1-(v/c)^{2 } } }$$となる.座標系の移動速度$${v}$$が光速$${c}$$に近づくと,その座標系での時間の流れは遅れ,逆に,$${v \ll c}$$ではガリレイ変換の結果$${t'=t}$$に一致することがわかる.
ローレンツ変換に従う真空時空では,計量$${ds^{2}=-c^{2}dt^{2}+dx^{2}+dy^{2}+dz^{2 } }$$が保存されるが,
質量エネルギー分布があるために生じる空間の歪(曲率)は,アインシュタイン重力場方程式により記述されるが,特に,太陽のような天体が作る球対称の重力場に対しては,シュバルツシルト計量が保存される.この時空の光線は,シュバルツシルト計量を保存し,時間が最小となる経路(フェルマーの原理)を進むので,光線経路の偏角を容易に知ることができる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインシュタインリング(NASA)

大きな重力場を有する天体の傍らを通過する光線は,その重力場が空間を歪ませているため,時間が最小となる経路をとると曲がっている.重力レンズとは,重力場が示すこの効果を言う.大きな重力場のある天体の輪郭にリング状の光(アインシュタイン・リング)が観測されたり,実際に存在するのは1つのクエーサー(準恒星)であるのに,これが複数個に観測されたり,像が歪むなどの現象が起こる.これらの現象は,身近な光学現象で見られる光線の集まる火面(コスティック;caustic)の形成と同じである.1点の光源から発した球面波の波面は,途中にグラスなどがあると,その表面で反射や屈折を起こし,折り返され方位を変えた複数の球面波の波面になり,波面が重なり光線の集中する火面が形成される.同様な現象が,重力場でも起こり,波面が折り返され重なり,歪んだ光線の集まる火面の像が観測される.
遠方宇宙にあるクエーサーや銀河からの光が,途中で巨大な重力場を通り,観測者Oに達するのだが,像は観測天球面T上にあり,光源は遠方宇宙の天球面S上にある.観測者O,観測天球面Tの点,遠方宇宙の天球面Sの点の3点は,重力場による曲率のある世界の測地線上にある.光線は途中の重力場で曲がるために,実際に光源となったクエーサーや銀河が存在するのは,観測像の延長上ではない.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クエーサー,および銀河の像(NASA)
我々が観測するこのクエーサーの像は,火面が引きちぎられて5つに見えるものだが,これらが同一光源からの像であることの証拠は,それらのスペクトルが同一であることによる.なぜ5つに引きちぎられて見えるのかというのは,特異点理論が関わる.2つの天球面間に,なめらかな写像T→Sを考えよう.火面形成に関与する波面の集合は写像の臨界点集合で,カタストロフィー理論(ルネ・トム他)によると,写像の特異点の型は①折り目(fold),②カスプ(尖った点;casp)の型があり,臨界点集合の折り目の外側では写像によってSの1点に写されるTの点の個数は1個であるが,臨界点集合をよぎるたびに2ずつ増加するので,一般には上のようなTの点の個数は奇数となる.この写真のクエーサー像と銀河像は,それぞれ,5個および3個の像に観測されている.
特異点理論は,宇宙観測データの膨大な解析と協働して,宇宙の重力場やダークマター,ブラックホールの分布を知ることにもつながる.