掲示板

平面群

X線の散乱

X線の入射波および散乱波に対してはBorn近似が適用でき,入射波$$ \Psi_{k}(r) $$,散乱波$$\Psi_{k'}(r)$$の状態関数をそれぞれ平面波で近似してよい.空間$$V$$で規格化されたこれらの状態関数を下に示す.
$$ \textrm{exp}[i\omega t] \Psi_{k}(r)=(1/\sqrt{V})\textrm{exp}[i(\omega t-2\pi k \cdot r)] $$
$$ \textrm{exp}[i\omega t]\Psi_{k ' }(r)=(1/\sqrt{V})\textrm{exp}[i(\omega t-2\pi k ' \cdot r)] $$

ここで,$$2\pi k, 2\pi k ' $$はそれぞれ入射波,散乱波の波数ベクトルである.散乱ベクトル$$q$$は
$$q=k' -k$$で定義される.
構造解析の対象となるのは,X線の弾性散乱分である.
弾性散乱では,$$\left| \begin{array}{@{\,} c @{\, } }
k
\end{array} \right| = \left| \begin{array}{@{\,} c @{\, } }
k '
\end{array} \right| =1/\lambda $$,$$q=2\textrm{sin}\theta /\lambda $$が成立する(ここで,$$2\theta $$は散乱角;$$\lambda $$は実験に用いたX線の波長;$$V$$は散乱体の体積).X線の散乱を惹き起こす原因となるポテンシャルは物質の電子分布密度$$\rho (r)$$であるので,散乱振幅$$F(q) \equiv <k|\rho (r)|k ' >$$は:
$$ F(q)=\displaystyle \int_{- \infty }^{+ \infty }\rho (r)\Psi ^{*}_{k}(r)\Psi _{k ' }(r)d^{3}r=(1/V)\displaystyle \int_{- \infty }^{+ \infty }\rho (r)\textrm{exp}(-i2\pi q \cdot r)d^{3}r $$
このように,散乱振幅$$F(q)\equiv<k|\rho (r)|k ' >$$は,$$\rho (r)$$のFourier変換$$Tr$$にほかならないことが理解される.
$$F(q)=Tr\left[ \rho (r) \right] $$

$$\rho (r)=Tr^{-1}\left[ F(q) \right] $$

Fourier変換で結ばれる$$\rho(r)$$と$$F(q)$$の対称性は同一である.

結晶格子$$Ш(r)$$は,$$ \displaystyle \lim_{N \to \infty }Ш_{N }(r) $$

$$ Ш_{N}(r)=\displaystyle \sum_{1}^{N1}\displaystyle \sum_{1}^{N2}\displaystyle \sum_{1}^{N3}\delta [r-(m_{1}a_{1}+m_{2}a_{2}+m_{3}a_{3})] $$

$$\delta(x)=\displaystyle \int_{- \infty }^{+ \infty }\textrm{exp}(-i2\pi x \cdot y)dy$$

$$\rho_{0}(r)$$を単位胞とする周期的な電子分布は,コンボリューション★を用いて次式のように表現できる.
$$ \rho (r)=\rho _{0}(r)★Ш(r) =\displaystyle \int_{- \infty }^{+ \infty }\rho_{0} (r)Ш(r-\tau)d^3\tau$$

$$Tr[\rho(r)]=Tr[\rho_{0}(r)★Ш(r)]=Tr[\rho_{0}(r)]・Tr[Ш(r)]=Tr[\rho_{0}(r)]・\bar{Ш}(q)]$$

$$\bar{Ш}(q)=Tr[Ш(r)]$$ 結晶格子のFourier変換は逆格子を与える.結晶格子と逆格子は互いに双対である.

すなわち,単位胞の電子分布が結晶格子の周期で繰り返されている結晶からのX線の散乱振幅は,単位胞のFourier変換を逆格子点でサンプリングしたものである.

数学的追補

群$$G$$はその部分群$$H$$に関して剰余類の直和に展開(ラグランジュ展開)できる.特に,$$H$$が正規部分群である場合が重要で,剰余類は$$H$$を法として群(商群)$$G/H$$をなす.

逆に,$$\{a_1,a_2, \dots,a_r\}=G^*$$とし,正規部分群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して群$$G$$を得る.

正規部分群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して群$$G$$が得られるのだが,$$G^*$$も正規部分群である場合は直積;$$G^*$$が非正規の部分群である場合には半直積;$$G^*$$が$$H$$を法として群となる(モジュラー群)の場合には条件積;で表現する.

ピエールキューリーの原理★

結晶格子を黒格子,その逆格子を赤格子で図示した.結晶格子で水色で塗った部分は単位胞.結晶によるX線の散乱はボルン近似(平面波)が成り立つから,結晶の電子分布$$ρ(r)$$をFourier変換したものが,この結晶によるX線の散乱振幅$$F(q)$$である.

変数$$q$$は観測空間(逆空間)のベクトル,$$r$$は結晶空間のベクトルで,逆空間と結晶空間は,互いにFourier変換で結ばれた「双対空間」である.

結晶の電子分布$$ρ(r)$$は,単位胞の電子分布$$ρ_0(r)$$と格子$$ Ш(r) $$とのコンボリューションであるから,結晶によるX線の散乱振幅$$F(q)$$は,単位胞の電子分布$$ρ_0(r)$$のFourier変換$$F_0(q)$$と,逆格子の積.つまり,$$F_0(q)$$を,逆格子点でサンプリングしたものになる.Fourier変換で結ばれた$$F_0(q)$$と$$ρ_0(r)$$の対称性は同一だが,X線回折像の対称性は,逆格子点のみを問題にするので,$$F_0(q)$$の対称性は回折像の対称性より低い可能性があり,特殊な結晶軌道の対称性が関与する.

結晶構造の対称性とX線回折像の対称性の関係は,ピエール・キューリーの原理「現象が起こる舞台の対称性は,すべて現象に反映されるべきである」という因果律の一例である.

部分構造の重畳で構成された全体系の対称性は,部分構造の対称性より全体系の対称性が上昇する場合も減少する場合もある.これには,非正規の拡大が必要で未解決の困難な課題である.

 

多色群の応用★

黒白群や多色群の応用を見てみよう.Feなどの磁性原子は磁気モーメントを持つ.原子の位置は空間の座標で指定されるが,原子の磁気モーメントはスピンで決まり,原子の座標とは独立の空間次元となる.各原子の磁気モーメント(軸性ベクトル量で極性ベクトルではないが)を赤い矢印で表現している.この例の6回対称のFe原子配置で考えられる磁気モーメントの6種類の配置が図示されている.ここには,古典群,反対称(黒白)群,3色群,6色群が登場する.

右図はFe2O3の結晶構造.この構造中のFe原子(磁気モーメントをもつ)だけを取り出して,その磁気モーメントの配置を図示したものが左図.
構造Aと構造Bは,全体として磁気モーメントが打ち消しあう反強磁性相.構造Cは全体として磁気モーメントが残る強磁性相.

右図は反強磁性の構造例だが,左図は強誘電体の構造例で,この図に示した小さな矢印は空間内の原子のわずかな変位を示し,磁性体の場合の磁気モーメントとは状況が異なることに注意.

シュブニコフ群へ★

1945年のシュブニコフによる反対称概念の導入で起こる超幾何空間の新しい発展について述べる.
A.V.シュブニコフ(1887-1970)の反対称概念の導入は新しい結晶群の発展をもたらした.この分野はソビエト結晶学派の業績が著しい.2次元平面(単面)で,周期が1次元のもの(帯)と,周期が2次元のもの(面)を考察する.
これらの図形で,模様のモチーフ◥を,黒・白(赤)の2色に塗わけたSpeiserやWeberの図は,単面である2次元平面を,表裏のある層(厚みのある3次元図形)と解釈するきっかけになった.
◆周期が1次元の2次元平面(単面)を単面帯と呼ぶが,その対称群は$$G_{2,1}$$と表示され,7種類ある.7種類の単面帯群$$G_{2,1}$$の模様のモチーフを,2色(この図では黒・赤)に塗り分ける模様は17種類ある.
これは,$$G_{2,1}^{1}$$の型の群である.$$G_{2,1}$$の模様のモチーフに,1′(反恒等操作:位置を動かさずに色だけ変える)を施すと,モチーフは黒でもあり同時に赤でもある状態「灰色」(ただし,群の位数は倍になる)の中性群ができる.これは,$$G_{2,1}$$と同数だけ(7種類)できる.出発となった単面帯群(7種類)から,黒白両面帯群(17種類)と中性両面帯群(7種類)が導ける.

一般群の表記法で,下添え字$$r,t,s$$は,幾何空間の次元,保存される部分空間を表示する.上添え字$$l,p$$は,幾何空間とは異なる性質数,その性質の取り得る値(色数)を表示する.

$$G_{3}^{1,2}$$は,3次元の空間群に,超幾何的性質次元を1つ追加し,その値は2値をとる.これは,3次元より次元が1つ増えるが,増えた次元は空間次元とは異なる.追加された超幾何空間次元は2値しかとれないので,4次元空間群で,3次元空間を保存するものより狭い概念となる.このような特性次元を1つ付加したものは,空間次元を1つ上げた高次元の空間群への準備となった.

[演習]2次元の結晶点群(古典点群)$$G_{2,0}$$は10種であることを図で確認する.
2次元結晶黒白点群$$G^1_{2,0}$$の32種の内訳は,古典点群と中性点群と黒白点群である.

 

古典結晶群3★

このエッシャー作品は,色の区別をせず(純幾何空間的)に見れば,1つのトカゲのモチーフで埋め尽くされている.トカゲの左手の集まっている点には6回回転軸がある.
色を区別する超幾何空間なら,その点には,3色の巡回置換の3回軸と色を保存する2回回転軸が共存する(これを$$6^{(3)}$$と表示).

格子は単純な3角格子である.したがって,色の見分けができなければ古典群$$P6$$,色の見分けができれば$$P6^{(3)}$$の3色群である.

空間群$$G$$には正規部分群として並進群$$H$$が含まれる.$$H$$に関するラグランジュ展開の各剰余類を図解する.並進群$$H$$を法として同値とは,無限に繰り返す格子点に散らばっているトカゲを1つの格子点に還元することであり,格子点のまわりに6匹のトカゲが代表元として存在し,$$\{1,6,6^{2},\dots,6^{5}\}=G^*$$に同型な群をなす.並進群$$H$$の剰余類展開は,代表元の6種類のトカゲをそれぞれ格子点に配した6種類の格子として図解できる.


2次元の格子を,対称性で分類すると5種類(2次元ブラベー格子).2次元には,互いに独立な並進ベクトル2つがとれるので,この2つの並進ベクトルの組を対称性で分類すると5種類であることが理解できる.格子点間の垂直2等分線で囲まれる図形を「ディリクレ胞」(あるいは,ウィグナー=ザイツ胞)というが,「ディリクレ胞」の形で分類したという見方もできる.
空間群には,正規部分群として並進群(格子)が含まれているので,並進群を法として準同型写像をすれば,結晶点群に還元できる.逆に,並進群を格子と矛盾しない結晶点群で拡大して空間群が得られる.

結晶点群とは,周期性(結晶空間)と両立する点群のことで,回転対称性に,5回軸,および7回軸以上は存在しない.

空間群の作り方の一例として,直方(長方形)単純格子の格子点に,点群$$2mm$$の有限図形を配置して,空間群$$P2mm$$が得られることを図示した.
$$P2mm$$は共形群である.点群$$2mm$$の鏡映操作$$m$$を,映進操作$$g$$で置き換えることを考える.映進操作$$g$$とは,鏡映と鏡映面に沿った周期$$T/2$$の並進を組み合わせた操作のことである.したがって,映進を2回繰り返すと,$$g^{2}=T$$となり,格子分だけの移動になる.結晶格子は無限に繰り返すので,並進周期だけ移動した点はすべて同値である.そこで,映進操作,$$ g^{2}=1(\textrm{mod}T) $$は,周期的空間の対称操作となる.

共型群$$P2mm$$から非共型群$$P2mg,P2gg$$が導ける.映進操作$$g$$は,非対称要素(モチーフ)を隣の胞に移動させてしまうが,格子を法として同値とすれば,単位胞内に(還元)引き戻せる.

群$$G$$はその部分群$$H$$に関して剰余類の直和に展開(ラグランジュ展開)できる.特に,$$H$$が正規部分群である場合が重要で,剰余類は$$H$$を法として群(商群)をなす.

空間群の拡大では,正規部分群は非常に重要な役割を演ずる.$$H$$が$$G$$の正規部分群であるとき,$$H$$に関する剰余類は,$$H$$を法として商群$$G/H$$をなす.
逆に,$$\{a_{1}, a_{2}, \dots, a_{r }\}=G^{*}$$とし,群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して群$$G$$を得る.
正規部分群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して$$G$$が得られるのだが,$$G^*$$も正規部分群である場合は直積;$$G^*$$が非正規の部分群である場合には半直積;$$G^*$$が$$H$$を法として群となる(モジュラー群)の場合には条件積;で表現する.
19世紀末の3次元結晶空間群230種の数え上げは,20世紀結晶構造解析の基礎となる.古典群に関しての概観はここで一段落とする.

古典結晶群2★

◆互いに双対な図形の対称性は同一.
◆鏡映操作と回転操作の違い:
3次元空間の物体とその鏡映像(互いにキラル)は,3次元空間内の運動で物体に重ねることができない.ただし,次元を1つ上げた4次元空間ならばこれは可能である.
◆[必要な群概念]群,部分群,正規部分群,正規列,共役類,群の拡大.
◆対称性の高低とは何かを,部分群の列(正規列,非正規列)で説明する.

[群概念の演習]群の乗積表.点群$$4mm$$の中の部分群と正規部分群を見いだせ.

正規部分群 ; $$2mm$$, 4, 2.        部分群;$$m$$.

正規部分群$$H⊲G$$の定義は,任意の$$a∈G$$に対して$$aHa^{-1}=H$$となることである.
正規部分群であるかのチェックは,「点群$$4mm$$の共役類を調べる」を参照せよ.


互いに共役という関係は同値関係である.効果が同等な対称操作は同じ共役類に属することがわかる.表中に点群$$4mm$$の共役類を色分けし表示した.

◆群の行列表現には,ここでは深入りしない.異値の既約表現の数は共役類の数だけある.

例えば,シクロブタジエン(点群$$4mm$$)のπ電子系の分子軌道(4つのC原子の原子軌道の線形結合)の永年方程式(固有値問題)を解き,エネルギー準位などが求まる.あるいは,4つの原子軌道関数を基底にして作った分子軌道(点群$$4mm$$)の正則表現を簡約して,それに含まれる既約表現を求めるのだが,各既約表現はエネルギー準位に対応する.

点群$$4mm$$には,$$2mm$$あるいは4が正規部分群として含まれる.点群$$4mm$$の正規部分群を核として準同型写像すると,点群$$4mm$$は商群に還元できる:$$4mm/2mm=4$$(mod2), $$4mm/4≅m$$.  

部分群$$C_{2}$$あるいは$$m$$は,$$4mm$$の正規部分群ではないので,ラグランジュ展開はできるが,剰余類は群をなさない.

大きな群は,その正規部分群を,何らかの部分群(あるいは正規部分群)で拡大した構造になっている.これを正規拡大という.非正規の部分群を,何らかの非正規部分群で拡大した構造は,非正規の拡大という.非正規拡大は難問.例えば,部分群$$K$$の共役集合の重畳という構造をもつ代数系(特殊な亜群)などがある.

このエッシャー作品は,色の区別をしないとして幾何空間的に見れば,1つのトカゲのモチーフでできている.トカゲの左手の集まっている点には6回回転軸;
色を区別する超幾何空間なら3色の巡回置換の3回軸と色を保存する2回回転軸が共存する(これを$$6^{(3)}$$と表示).格子は単純な3角格子である.したがって,色の見分けができなければ古典群P6,色の見分けができれば$$P6^{(3)}$$の3色群である.空間群$$G$$には正規部分群として並進群Hが含まれる.$$H$$に関するラグランジュ展開の各剰余類を図解する.並進群$$H$$を法として同値とは,格子点に散らばっているトカゲを代表元1つにまとめることである.こうして,代表元系は,$$\{1,6,6^{2},\dots,6^{5}\}=G^*$$に同型な群をなす.
2次元の格子を,対称性で分類すると5種類(2次元ブラベー格子).2次元には,互いに独立な並進ベクトル2つがとれる.この2つの並進ベクトルの組を対称性で分類すると5種類になる.格子点間の垂直2等分線で囲まれる図形を「ディリクレ胞」というが,「ディリクレ胞」の形で分類したという見方もできる.
空間群には,正規部分群として並進群(格子)が含まれているので,並進群を結晶点群で拡大して空間群が得られる.組み合わされる点群は格子と両立する対称性のものである.一例として,直方(長方形)単純格子の格子点に,点群$$2mm$$の有限図形を配置して,空間群$$P2mm$$が得られる.
$$P2mm$$は共形群である.点群$$2mm$$の鏡映操作$$m$$を,映進操作$$g$$で置き換えることを考える.映進操作$$g$$とは,鏡映と鏡映面に沿った周期$$T/2$$の並進を組み合わせた操作のことである.したがって,映進を2回繰り返すと,$$g^{2}=T$$となり,格子分だけの移動になる.結晶格子は無限に繰り返すので,並進周期だけ移動した点はすべて同値である.そこで,映進操作,$$g^{2}=1(modT)$$は,周期的空間の対称操作となる.共型群$$P2mm$$から非共型群$$P2mg,P2gg$$が導ける.映進操作gは,非対称要素(モチーフ)を隣の胞に移動させてしまうが,格子を法と同値とすれば,単位胞内に(還元)引き戻せる.群$$G$$はその部分群$$H$$に関して剰余類の直和に展開(ラグランジュ展開)できる.特に,$$H$$が正規部分群である場合が重要で,剰余類は$$H$$を法として群(商群)をなす.

空間群の拡大では,正規部分群は非常に重要な役割を演ずる.$$H$$が$$G$$の正規部分群であるとき,$$H$$に関する剰余類は,$$H$$を法として商群$$G/H$$をなす.
逆に,$$\{a_{1}, a_{2}, \dots, a_{r }\}=G^{*}$$とし,群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して群$$G$$を得る.
正規部分群$$H$$を群$$G^*$$で拡大して$$G$$が得られるのだが,$$G^*$$も正規部分群である場合は直積;$$G^*$$が非正規の部分群である場合には半直積;$$G^*$$が$$H$$を法として群となる(モジュラー群)の場合には条件積;で表現する.
19世紀末の3次元結晶空間群230種の数え上げは,20世紀結晶構造解析の基礎となる.古典群に関してはここで一段落とする.

古典結晶群1★

◆古典結晶群
結晶空間群の数え上げは,1890年ごろ,フェドロフ(ペテルスブルグ大,鉱物学),シェンフリース(フランクフルト大,数学),バーロー(ロンドンの事業家)により,それぞれ独立に達成された.これは,X線の発見以前の19世紀末の数学的業績で,X線の発見で幕を開ける20世紀に発展する結晶構造解析の基礎となった.

◆平面をタイル張りできる平行多辺形は,平行4辺形,および,平行6辺形を基本とする.平行多辺形は,平行移動だけで平面を隙間なくタイル張りし,周期的な平面(結晶平面)を作る.
結晶空間群の数え上げの方法を理解するために,2次元の結晶空間群(壁紙模様)の例で説明する.平行多辺形である有限図形タイルから出発し,これを等価な部分(非対称要素)に分割する.結晶空間(結晶平面)は周期的なのでデジタル化されている(つまり,単位胞がある).対称性で,平行多辺形を分類すると:一般的な平行4辺形,ひし形,長方形,正方形;一般的な平行6辺形,つぶされた正6角形,正6角形:がある.これらの有限図形を等価な部分に分割したものがこの図.これらの分割様式を対称性で分類すると,共型群13種が得られる.さらに,共型群の3種からは,非共型群4種が導けるので,計17種の2次元空間群(壁紙模様)が得られる.
フェドロフらは,3次元空間群の導出で同様な方法を用いた.2次元では平行多辺形から出発したが,3次元ではフェドロフの平行多面体5種から出発する.

結晶空間=周期的な空間.つまり,デジタル化さた空間なので,単位胞が存在する.点群1点を特異点とする対称操作の組合せが作る群)が,結晶空間の周期性と両立する場合は,回転対称操作には制限(5回回転対称などが周期性と両立しない)が生じ,結晶空間で両立する点群は結晶点群と呼ばれる.
古典結晶群が対象とするのは,「幾何空間」内の対称操作のみだが,幾何空間に色などの特性次元を付与した「超幾何(色)空間」内の対称操作を扱う,黒白群,色付き群,などの一般化された群が発展する.

古典結晶群からシュブニコフ群へ★

 

◆空間群の構成とその一般化の仕組み
群$$G$$はその部分群$$H$$に関して剰余類の直和に展開(ラグランジュ展開)できる:$${G=g_{1}H+g_{2}H+g_{3}H+・・・+g_{r}H}$$
(ここで,$$r$$は部分群$$H$$の群$$G$$に対する指数である)
特に,$$H$$が正規部分群である場合が重要で,剰余類$${g_{1}H, g_{2}H, g_{3}H, ・・・, g_{r}H}$$は,$$H$$を法として群(商群$$G/H$$)をなす:
$$ G/H≅\{g_{1}, g_{2}, g_{3}, \dots, g_{r}\} $$
部分群$$H$$が正規部分群であるとは,すべての$$ g_{j} $$に対して,$${g_{j}Hg_{j}^{-1}=H}$$,すなわち$${g_{j}H=Hg_{j } }$$となることで,この性質のために剰余類の積はその代表系$$ \{g_{j}\} $$の積と同じ振る舞いをし,剰余類間の積はまとまって剰余類に移ることになる.剰余類集合の単位元は$$ g_{1}H=H $$であり,$$g_{j}H$$の逆元の$$g_{j}^{-1}H$$は,ラグランジュ展開の直和性から,必ず存在しなければならない.
従って,剰余類は商群$$G/H$$を作り,代表系$$ \{g_{1}, g_{2}, g_{3}, \dots, g_{r}\} $$はmod$$H$$でこれに同型となる.
このような群の仕組みで,群$$G$$(位数$$g$$)の正規部分群$$H$$(位数$$h$$)を法として,$$G$$に準同型な,位数$${r=g/h}$$の小さい群$$ \{g_{1}, g_{2}, g_{3}, \dots, g_{r}\} $$に還元できる.この原理を逆に使うなら,正規部分群を何らかの群で拡大し大きな群に戻すことができる.拡大に使う群に,反対称や色置換などの特性空間(超幾何空間)の対称操作を導入することで,古典群から黒白群や多色群などへの一般化が行われた.

古典群では3次元幾何空間の対称操作を扱うが,幾何学空間に反対称や色などの特性次元を付加した空間の対称操作を扱うことで,結晶の物理特性にも応用範囲が広がった.

詳細は講演ビデオをご覧ください.会員の山崎純一氏の協力で,字幕を付けたので,大変わかりやすくなりました.

◆2人のシュブニコフ
レフ・シュブニコフ(1901-1937)と,レフより14歳上のアレクセイ・シュブニコフ(1887-1970)がいる.シュブニコフ群のシュブニコフはアレクセイ・シュブニコフで,シュブニコフ=ド・ハース効果に名を残したレフ・シュブニコフとは別人(二人とも優れた物理学者)である.
ロシア人の名前は,(名前・父称・姓)のセットだが,2人とも父称が同じヴァシリービッチ(父親の名がヴァシリー)で,その上,顔もよく似ていると来ては,私は初めこの2人は兄弟であろうと推測した.
しかし,レフの祖父を調べると,ヴァシリー・シュブニコフで,その子に2人の兄弟がおり,兄の方はヴァシリー・ヴァシリービッチ・シュブニコフ,弟の方は,アレクセイ・ヴァシリービッチ・シュブニコフだった.レフ・ヴァシリービッチ・シュブニコフは,兄の方の子供であった.つまり,2人は甥と叔父の関係である.レフの祖父が2人の子供の兄(レフの父親)の方に自分と同じ名前のヴァシリーを付けていたので,私が混乱してしまったのだ.

シュブニコフ群は今回の主題なので後ほど詳しく取り上げる.ここでは,まず,甥のレフ・シュブニコフの悲劇的な生涯を紹介する.彼は,レニングラードのオブレイモフの研究室で金属の完全結晶成長の仕事をし,ビスマス単結晶作製でライデン,ドハース研究所へ呼ばれる(1926-1930).純度を上げる方法でビスマスの良い結晶を作り,シュブニコフ=ド・ハース効果を発見(ビスマスの電気抵抗は磁場印加下で増大するのは既知)した.磁気抵抗の精密な測定は,格子振動による電子散乱をとめる必要があり極低温での測定になる.結晶中の欠陥や不純物でも電子は散乱されるから欠陥のない結晶が必要である.純度を上げる方法で良い結晶を作り,レフは磁気抵抗が印加磁場強度の逆数に比例する周波数で振動することを発見したのだった.シュブニコフ=ド・ハース効果は,フェルミ面の形の影響を受けて起こる現象である.

◆ヨッフェ(1880ウクライナ生まれ,レントゲンの弟子)は,「ソビエト政権の最初の10年間の物理学はモスクワとレニングラードに集中させたが,今や分散の時が来た.産業と結びつく必要のある研究所は工場が存在する場所,産業のある場所になければならない」と主張し,1928年にハリコフ物理工学研究所創設につながった.
レフ・シュブニコフは,帰国しここで極低温研究所を立ち上げ,活発な研究を行った(1930年代).ハリコフの物理工学研究所にはランダウもいた.
ランダウの教育方針は,彼の作成した「理論ミニマム」をマスターすること.最初にランダウの「理論ミニマム」に合格したのは,カンパニエーツ,続いて,リフシッツだった.カンパニエーツは「理論物理学」,リフシッツはランダウと共著の「理論物理学教程」で,日本でも著名な良書である.
ランダウとシュブニコフは親友であったが,どちらもレフ(トルストイもレフ,ライオンの意)と同じ名前であり,痩せたレフと太ったレフと呼ばれていた.

[参照]物性研究(2018.5)斯波 弘行.

結晶群の一般化

1.結晶空間群の発見(1890-1894)

3次元の結晶空間群230種類の数え上げは1890-1894に,フェドロフ(ペテルスブルグ大,鉱物学),シェンフリース(フランクフルト大,数学),バーロー(ロンドンの事業家)により,それぞれ独立に達成されました.

結晶空間と連続空間
周期的な空間を「結晶空間」といいます.周期的な空間とは無限に続くジャングルジムのような格子をイメージしたら良いでしょう.無限に続く格子を,対称操作の集合が作る「群」で表現すると「並進群」です.格子点はすべて等価で,無限に繰り返しているのですからこの世界には端はありません(自分の居る場所が格子点の何丁目何番地か言うことができません).この世界は,1つの単位胞を配列し隙間なく埋め尽くすことができる空間です.すなわち,周期的な空間は,「デジタル化」された空間と言えます.
「結晶空間群」は,結晶空間での対称操作の集合が作る群です.「結晶空間群」を略し,単に「空間群」と呼ぶこともありますが,ここでの議論はすべて「結晶空間」を前提としています.ここでは扱いませんが,もし,「連続空間」の対称操作ならば,任意で微小の回転や並進が許されます.

空間群の発見は,Bragg父子による,結晶構造解析への数学的な準備となりました.これに続く時代の流れは,以下のようです:
1895    X線の発見(レントゲン)      1901第1回ノーベル賞
1912 ラウエの実験(クニッピングの実験)   1912ノーベル賞
1913 構造解析の創始者(Bragg父子)    1915ノーベル賞

2.反対称概念の発見.シュブニコフ(1945)

Speiser(1927)は$${G_{3,2,1 } }$$群[3次元帯群],Weber(1929)は$${G_{3,2 } }$$群[3次元層群]の図を,黒白2色図として,単面平面上に双面平面の描画をしました.この図は,Heesh(1929)とShubnikov(1945)に,反対称の概念を思いつかせました.

Heinrich Heesch(ドイツの数学者)は古典群の多(高)次元一般化に関心があり,彼の研究は,適切な時期に,結晶学者に注目されませんでした.
n次元空間群は,ドイツ,スイスの数学者が関心を持ち;20世紀初頭の結晶学者は帯群,層群などの空間群の内部に興味を持っていたからです.
A.V.Shubnikov(ソビエトの結晶学者)は,反対称性概念を,物理的性質の変化による古典的対称性の基本的な拡大として定式化し,反対称概念の発展が起こります.
Heeschは,BieberbachとFrobeniusに遡る問題の特殊なケースを解決し,
Shubnikovは,根本的に新しい問題の基礎を作りました.

数学と物理学の立場の違い
幾何学空間に物理的な変化を付与して,対称性をより豊かにするという応用的な価値に注目したのは,Shubnikovでした.
ソビエト結晶学派は,対称性の理論の改良は,自然科学の実践で機能するか,将来的に機能する場合にのみ価値があると考えているのです.

帯群,層群
2次元平面の表裏
2次元平面に裏表があると思いますか?それともないと思いますか?
2次元とは厚み方向の次元がない世界です.3次元に慣れ親しんだ我々は内部があっての表面ですが,2次元世界では表面だけで内部がありません.表側面や裏側面の区別が生じるのは,私たちの住む3次元世界に2次元平面を置くからです.2次元世界には,単面平面しか存在しません.
周期的な2次元平面とは,面内に2つの独立な並進ベクトル$${a,b}$$があり,この2つのベクトルで挟まれる平行4辺形を単位胞(単位タイル)として,平面を張り詰めた構造です.周期的な2次元平面の対称性(平面群という)は17種類ありました[17種類の壁紙模様].壁紙模様は,周期的2次元平面(単面平面)の世界で作ったものです.$${17G_{2 } }$$
我々の居る3次元世界の中で,2次元平面を見たときに,表側面と裏側面の区別が生じます.このような双面2次元平面を「層」と呼びます.$${80G_{3,2 } }$$
層の2次元周期的模様の対称性(空間群)は,80種類あります.もちろん,80種類のうちに(単面)2次元周期的模様の対称群(平面群)17種類は含まれます.
$${17G_{2 } }$$から,どのようにして$${80G_{3,2 } }$$が得られるか.
それは,層の内部(層内に収まる)に,対称心,鏡映面(あるいは,映進面),2回軸(あるいは,2回らせん軸),などの,位数2の対称操作を導入し,片面の世界を他の面の世界に写像することで達成できます.つまり,片面のみの壁紙模様の17種類の平面群と,層の内部に置いた位数2の対称群との直積で生成されるのが「層の空間群」で80種類あります.
層の(空間群)対称性をすべて導くことは,1930年代にドイツの科学者;Hermann,Weber,Alexanderらによって完了しています.
層に対する空間群など,何に応用できるのかと思う方もおられることでしょう.層の対称性(空間群)は,表面や界面の記述に用いることができます.結晶学では液晶構造,ドメイン界面,双晶,エピタキシャル接合の研究に,物理化学では単分子層や薄膜の研究に,生物学では膜構造やその他の生体組織の研究に応用できます.また,建築芸術においても, 透かし彫りの格子構造,覆い,フェンス,看板などのデザインに応用できます.

それらにもまして,この概念が重要なのは,単面平面(壁紙)の対称群から双面平面(層平面)の対称群を導く方法論が,「群の拡大理論」を基礎としており,この手法で,色の反転や置換などを幾何空間の対称操作に結び付けて,反対称群,色付き対称群などの群の一般化,高次元化に発展できるからです.

3.群の一般化へ
1956-1970 色付き群(ベーロフ)
1970-    群の一般化(コプツィク,ザモルザエフ)

幾何空間だけの対称群は,「古典的対称群」と呼ばれます.幾何空間の各点に特性(例えば,色,符号など)を付与した空間の対称群は,「反対称群,色付き対称群,一般化群」などと呼ばれ種々あります.これらは,強誘電体,磁性体などの物質の性質の記述に応用されています.

3次元の空間群$${230G_{3 } }$$に,色特性の次元を加えて(反対称,色付き対称)$${G_{3}^{1 } }$$を考えると,4次元空間群の一部$${G_{4,3 } }$$を得ることができます.

References;

Шубников и Копцик, Симметрия в науке и искусстве (1972)
Shubnikov and Koptsik; Symmetry in science and art (1974)
Вайнштейин, Современная кристаллография, том 1(1979)
Заморзаев и др.; Симметрия, ее обобщения и приложения(1978)
Zamorzaev; generalized antisymmetry, Comput.Math.Applic. Vol.16,No.5-8,p555(1988)

(注)一般群の記号について