数学月間の会SGKのURLは,https://sgk2005.org/
数学月間の会SGKのURLは,https://sgk2005.org/
数学は,科学,技術,経済など多くの領域で重要な役割を果たしています.
問題の定式化と解決,予測の作成,モデルの構築,新しい技術の開発などに役立ち,私たちの理解と世界の変革の可能性を大幅に拡大しています.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
生物学では,生物を研究します. 天文学では,天体を研究します. 化学では,物質の種類とその相互変換を研究します.私たちは現実世界で何かを観察し,測定し,特定の条件下で特殊な実験を行い(ただし,天文学では行いません),それらの結果をもとに説明的なパラダイムを構築します.それは科学の進展の重要なマイルストーンとなります.しかし,数学では,何を研究しているのでしょうか?その答えの1つは,実際の対象であるかのように扱えるアイデアを研究しているということです.
それぞれのアイデアは,利用される可能性のあるあらゆる文脈でその形を保持するために十分に堅牢である必要があります[訳者注:数学はどんな分野や局面でも,独立して適用できるということ].同時に,それぞれのアイデアには他の数学的なアイデアとつながりを持てる豊かなポテンシャルが必要です.最初のアイデアのコンプレックスが形成されると,これらのアイデア間の関係も数学的な対象となり,抽象の巨大な階層の最初のレベルを形成します.この階層の最下部には,物事自体の思考イメージやそれらを操作する方法があります.驚くべきことに,高レベルの抽象概念さえも何らかの形で現実を反映することがあります.たとえば,物理学者が得た世界の知識は数学の言語でしか表現できません.
現実世界の理解に数学がどのように応用されるかを理解するためには,数学をモデル,理論,およびメタファー[隠喩]の3つのモードで考えると便利です.
数学的モデルは,特定の現象のクラスを定量的または定性的に説明しますが,それ以上のことを主張することはありません.
定性的なモデルは,安定性や不安定性,アトラクター(初期条件に依存しない平衡状態),相転移(複雑なシステムが2つの相または異なるアトラクターを持つ2つの盆地の間の境界を越えるときに起こる現象)などの現象の理解に役立ちます.
理論とモデルの違いで最も重要な点は,理論の主張は広範であることです.理論を創造し続ける力は,物質的な世界とは独立して存在し,数学的な道具でしか認識できないものです.
数学的比喩は,それが認知のための道具であると主張する場合,ある複雑な現象群をある数学的構成要素に例えることができると仮定します.
数学理論は,作業モデルを構築するための招待状であり,数学的隠喩は,私たちが知っていることに思考を誘うものである.もちろん,この区分は厳密でも絶対でもありません.
構造的な観点から見ると,数学の発展は言語の発展と並行して行われます.数学と言語の両方が,現実(客観的に存在する範囲で)と観察可能なものとの間の橋渡しとなります.すなわち,現実が意識にどのように反映されるかを示します.
私は,科学,特に数学が私たちの文明の推進力ではないと信じています.科学のおかげで私たちは地図や機械を持っていますが,科学は私たちの行くべき方向や行くべきでない場所を決めるものではありません.科学が決定できると考えることは,知識を魔法の一形態と見なす古代的な認識の時代に戻ることになります.
[訳者注:すべてが不確実な世界.トランスサイエンスの時代に,科学や数学で決定できると思うのは幻想でしかない]
その時代では,日食を予測したり,未知の結果がどのように解決されるかを予見した人は,象徴的な表現を操作して出来事を引き起こす魔術師と見なされました.実際には,思考の生物学的な機能は,自発的な反応を引き起こすことではなく,それらを防ぐことにあります.
かつて,巫者やシャーマンは,部族の居住地や出来事,住民などを直接的にではなく,可能性の空間を記述していました.巫者は実用的な問題の解決には関与せず,それは部族の指導者が行っていました.ただし,指導者は自身のシャーマンやアドバイザーに耳を傾け,行動の選択において彼らの助言を受けていました.
有名な古代の例として,リュディア王クロイソスの物語があります.彼はペルシャとの戦争に備えてデルフォイの神託に助言を求めたところ,「クロイソスよ,ギリシャを渡るならば,偉大な王国を破壊するだろう」と答えられましたが,具体的にどの王国を指しているのかは明確にされませんでした.クロイソスはギリシャを渡り,結果として敗北しました.
[訳者注:ギリシャはエーゲ海をはさんでリュディアの対岸にある.デルフォイの神託とは,巫女が神懸かり状態となり,予言の神アポロンの言葉を語るものである]
数学は現実世界の位相空間や可能性の空間を記述し,この位相空間における可能な軌跡を決定する法則や,特定の位相軌跡を選択するために必要な条件を研究します.
Манин Юрий Иванович
МАТЕМАТИЧЕСКАЯ СОСТАВЛЯЮЩАЯ, p.40-41
応用:文明
数学: 数学一般
数学コンポーネント(あるいは,数学要素)МАТЕМАТИЧЕСКАЯ СОСТАВЛЯЮЩАЯという本を紹介したことがあります.この本は,ロシア科学アカデミーのステクロフ数学研究所から出版され,2015年に2017年に受賞しました.今見ているのは,2019年に大幅に増補された367ページの電子版です.この本の特徴は,現代社会で使われている技術がどのような数学とかかわりがあるかを解説していることです.違和感のある書名は,応用例とそこで使われる数学要素ということを表しているようです.
どのような応用事例があり,どのような数学要素があるのか整理し,結果を一覧できるようにしました.応用例の後ろの()内の数字は,本のページを表しています.1つの応用例に,複数の数学要素が対応している場合があります.全部の表を作ると膨大になりますので,数学要素「確率と組合せ」のところだけを表にしました.
解析
コンピュータ断層撮影(20);地図上の経路長の決定(64);
滑らかな線(80);実用的な無限大(94);うるう年(160);
音楽とモジュロ演算(202);航空機工学の数学的翼(208);
造船の数学(212);信号処理:波からバーストまで(228);
水平線までの距離(308);地図投影(342)
初等幾何学 解析幾何学
ロバチェフスキーの "狂った"幾何学からGPSナビゲーターまで(12);
クォータニオンが宇宙へ(24);コーナーリフレクター(44);
パラボラアンテナ(46);腎臓結石を砕く(48);
カーブの曲がり方(52);鉄道車両の車輪対(53);
自動車の前輪操舵(54);ねじ継手(56);地平線までの距離(60);
飛行機の飛行軌道(61);地図からの経路長の決定(64);
地図の折り畳み(65);最短経路(66);地下鉄の駅の深さ(67);
遠近法(68);A4フォーマット(70);パノラマブック(74);
蜂の巣のハニカム(76);定幅図形(84);
プラスチックカップの幾何学(86);
シュホフの塔(88);チップス(90);ピザ・スライス(91);
オレンジの皮の体積(92);円錐フルート(93);三次元世界の方位(106);
衛星ナビゲーション(110);北極星(112);虹(118);
色空間(122);イメージの拡大縮小(128);
不可能図形(129);装飾文様(130);地図投影(136);
万華鏡(150);サッカーボール(154)
幾何学と位相幾何学
ロバチェフスキーの「狂った」幾何学からGPSナビゲーターへ(12);
音波の伝播(14);コンピュータ・トモグラフィー(20);
グラフェン(32);回転曲線(52);歯車(58);飛行機の軌跡(61);
遠近法(68);プラスチックコップの幾何学(86);
ピザ・スライス(91);地図投影(136);サッカーボール(154);
幾何学的結晶学(214);ゆがんだ世界(222)
論理学.数学の基礎
可能性を記述する言語としての数学(40);高速算術(166);
数学と論理(242);複雑性理論(262)
代数学
四元数列は宇宙へ(24); 暗号技術への数学の応用(36);
三次元世界における方位(106);
イメージ算術(126);装飾文様(130);
≪15≫のゲーム(148);万華鏡(150);高速算術(166);
音楽とモジュロ演算(202);幾何学的結晶学(214)
数論
暗号技術への数学の応用(36);
周期蝉(79); 算術トリック(146); 高速算術(166); 複素数論(262)
微分方程式.数理物理の方程式.最適制御理論
音波の伝播(14);最適制御(26);力学の数理モデル(28);
電磁気学の方程式(30);理論物理学と現代数学(34);係留(62);
純粋区間(98);パターンはどのように起こるか(178);
航空機工学の数理翼(208);定幅図形(319)
力学
交通流の数理(18);力学の数理モデル(28);歯車(58);
三次元世界における方位(106);航空機工学の数理翼(208)
確率論.数理統計学
故障の検出(22);暗号技術における数学の応用(36);
量子コンピュータ科学(38);短い待ち行列の選択(50);
テストの精度 (51); ランダムウォーク (170);
パターンはどのように起こる(178);言語統計学(186);
音楽とモジュロ演算(202)
離散数学
ケーニヒスベルクの散策からゲノムの再構築まで(13);
インターネットの数学(16); 交通流の数学(18);
暗号技術における数学の応用(36);滑らかな線(80);≪15≫ゲーム(148)
日本の「数学月間」は7/22ー8/22です(22/7≒πと22/8≒eに因みます).日本の数学月間は2005年に始まりました.米国の数学月間は1986年に始まりました.米国が1986年に,上院の共同決議に基づくレーガン大統領宣言で,国家的な行事としての「数学月間」MAMを決断した背景には,国民の数学力が低下し,米国の産業力も低下するとの焦りがあったといわれます(小林昭七『顔をなくした数学者』).
日本も,今日,同様な状況にあり,国家的行事の「数学月間」が望まれます.
1950年~1980年の日本は,Dr. Demingの品質管理手法をTQCやQCサークルに発展させ,生産性向上を達成しました.
米国で無名だったDr. Demingを1950年に日本に招聘し8日間の第1回セミナーを実施したのは,日科技連,日本企業の先見の明でした.1951年にはデミング賞が創設され,Dr. Demingの統計学に基づいた品質管理手法が日本企業に普及していきます.「PDCAサイクル」などという言葉をどこかで聞いたことがおありでしょう.
当時の米国企業では,フレデリック・テーラーの競争原理が支配していました.品質より生産量を競い,作業能率を重視しました.四半期/半期の損益報告を重視し長期的な展望を持てない欠点がありました.
これに対して,ウィリアム・エドワーズ・デミングは協力によってもたらされるwin-winの状況を基礎に置きました.顧客が望むものは信頼できる品質であり,何事も目的意識をもって行動すれば必要な結果はすべて得られると解きました.
これは,私には,数学学習の前に,その数学の応用を知り目的を明確にするという数学月間の心に重なって見えます.
統計学者デミングの品質管理手法に,米国に先んじて注目したのは日本企業の叡智でしょう.協力精神に基づき,終身雇用,年功序列賃金,労使協調などの導入された制度は日本に合っていました.
品質管理の統計的手法は,マネージメントにも全社的に展開されTQC,日本企業の躍進の時代をもたらしました.私が新入社員で入社した1970年には,工場では皆ZDのバッチを付けていた(ZD運動)ことが思い出されます.
その後に続く,QCサークルなどの活動で目的を明確にして協力する体質が作られて行きました.
1980年になると米国では日本に学べとばかりに,NBC放送は, 1980年, If Japan can... Why can't we?というドキュメンタリーを放送し,米国でもDr. Demingのセミナーが展開されるようになります.
しかし,この時,これに留まらず,もう一歩進め,数学全般の啓蒙「数学月間」MAM活動へと発展させたのは,一歩先に行く米国の叡智でした(竹内の証言).
こうして,米国の「数学月間」の開始を告げるレーガン大統領宣言は1986年に出されます.米国の数学月間は1986年(1999年までは週間)に始まり1999年に月間(4月)になり,2017年からは数学・統計学月間になりました.この潮流は米国の叡智そのものと言えるでしょう.現代社会は統計学に依存しています.そして,数学は理工学だけでなく,人文科学にも浸透して来ました.統計学は,特に,人文科学でも重要なツールです.
今年も数学月間(7/22~8/22)の暑い夏が始まります.
この3年リモート開催ばかりでしたが今年は集会を実施します.
covid-19の第9波が進行中で,covid-19の研究会でクラスターが起きてはしゃれになりません.
もちろん,定員に余裕をもって安全に留意し開催します.
リモートに慣れて,すっかり出不精になったので,暑い夏に外出するのは,今年はことのほか大変です.
会場には自販機はありませんので,熱中症にならないように水筒持参は必須です.
集会でもリモートでも参加できますので,どうぞご参加ください.
ただし,定員内人数であることの把握のため事前参加登録は必要です.
■講演会2つを紹介します.
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(1)数学月間懇話会(第19回)
日時●7月22日,13:30ー17:00(開場13:00)
場所●東大駒場キャンバス,数理科学研究棟002教室
テーマ●新型コロナの数理モデル研究について
総合司会●稲葉寿(東京学芸大)
●パンデミックで活躍する数理モデル;国谷紀良(神戸大学大学院システム情報学研究科)
●新型コロナウイルス感染症のデータサイエンスと政策科学;土谷隆(政策研究大学院大学)
主催●NPO法人数学月間の会(理事長:岡本和夫)
詳細や参加登録方法は https://sgk2005.org/ にあります.
QRコード1
リモート(webex)で参加する場合のURLは以下です(リモート参加登録を済ませてください):
QRコード2
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(2)日本学術会議公開シンポジウム
「数学教育の変遷~数理・データサイエンス・AI時代における数学教育の変革及び女性人材の登用に向けて」
日時●8月2日,13:00-17:00
NPO法人数学月間の会は,この公開シンポジウムを後援しています.
詳細や参加登録は以下のサイトをご覧ください.
https://www.scj.go.jp/ja/event/2023/346-s-0802.html
QRコード3
引用したQRコードやポスターを見るには、https://sgk2005.org/ あるいは,
https://note.com/sgk2005/n/n49ebb919fef6?fbclid=IwAR1m6ShaaQbSdi4ZuS-F4feALktVC-uZxlA9TzDPvt_AJ4soRTbGoOsjm3c
などをご覧ください.
表題テーマの「数学月間懇話会(第19回)」を,2023年7月22日,13:00-17:00,東京大学数理科学研究科棟002教室にて実施しました.主催はNPO法人数学月間の会(理事長:岡本和夫)です.
以下の2つの講演(それぞれ90分)により構成され,総合司会を稲葉寿(東京学芸大)が行いました.(注)2020年の数学月間懇話会で実施した講演:感染症の数理モデル,稲葉寿(東大)も参照
(1) パンデミックで活躍する数理モデル:國谷 紀良(神戸大学大学院システム情報学研究科)
(2) 新型コロナウイルス感染症のデータサイエンスと政策科学;土谷隆(政策研究大学院大学)
今回は,講演(1)を紹介します.講演(2)は次号で紹介します.
(注)2021年の数学月間懇話会で実施した講演:新型コロナウイルス感染症と統計数理, 土谷隆(政策研究大学院大学)も参照
講演(1)國谷 紀良(神戸大学大学院システム情報学研究科)
■まず,感染症の数理モデル(集団内での感染症の流行を表す微分方程式など)の研究史の概略紹介がありました.
SIRモデルとは,集団が3つの部分集団$${S,I,R}$$で構成されるとして,それらの集団の増減を微分方程式で表したものです.ここで,$${S}$$は,感受性(感染可能性)のある集団,$${I}$$は,感染中で他人を感染させる力のある集団,$${R}$$は,回復集団(再感染はしないと仮定)です.
感染率$${\beta}$$,回復率$${\gamma}$$とすると,SIRモデルの基本微分方程式が得られます:
$${S'=-\beta SI}$$, $${I'=\beta SI-\gamma I}$$, $${R'=\gamma I}$$
これは,ケルマックとマッケンドリックが1927年に発表した論文「感染症流行の数学的理論への貢献」によります.
感受性のみの集団に侵入した1感染者が算出する新規感染者数を「基本再生産数」$${R_0}$$といい,$${R_0>1}$$のときに流行が起こります.
感染症の種類,ウイルス株,国や地域によって$${R_0}$$は独特の数値を持ち,麻疹は12-18,インフルエンザで1.2-1.4ですが,covid-19では2.4-3.4でした.
果樹園における感染症の伝搬を,格子点上の隣接する木から感染する確率を$${p}$$として,モンテカルロ法によるパーコレーションの研究をし,流行の臨界値を研究したのは,ブロードベントとハマーズリー(1957)でした.
SEIRモデルは,感受性$${S}$$の集合から感染$${I}$$の集合に移る間に,潜伏期$${E}$$の集合を入れて得られます.このとき,$${E}$$から$${I}$$への遷移確率$${\varepsilon}$$を入れます.微分方程式は次のようになります:
$${S'=-\beta SI}$$, $${E'=\beta SI-\varepsilon E}$$, $${I'=\varepsilon E-\gamma I}$$, $${R'=\gamma I}$$
SEIRモデルを日本の流行初期(2020/1/15)~2/29)のデータに適用して,基本再生産数$${R_0}$$を推計すると,$${R_{0}=2.6}$$が得られました.
■緊急事態宣言などの介入の効果検証
不要不急の外出自粛,飲食店,映画館,デパートなどの休業,テレワークの推進などが行われ,「接触8割減」が提唱されました.
第1回目緊急事態宣言(2020/4/7-5/25)では,期間中に実効再生産数が減少し,期間の最後で最小値になり,期間終了解除後にリバウンドが現れました.感染率の減少割合$${r^{*}=0.86}$$, 実効再生産数$${R_{c}=(1-r^{*})R_{0}=0.36}$$
■無症候感染を含むSEIRモデルは,次のようになります:
$${S'=-(\beta_{1}E+\beta_{2}I)S}$$, $${E'=(\beta_{1}E+\beta_{2}I)S-\varepsilon E}$$, $${I'=\varepsilon E-\gamma I}$$, $${R'=\gamma I}$$
SRIRモデルを用いて,流行の抑制に十分な発症者隔離率$${\nu}$$を求めます.ソーシャルディスタンスによっても,発症者隔離によっても感染率の減少効果はみられますが,介入の組み合わせが効果的であることを示すマップ(横軸:ソーシャルディスタンスによる感染率減少効果,縦軸:発症者隔離による感染率減少効果)が得られました.
検査隔離のある状態モデルでは,偽陽性による隔離と真陽性による隔離の2つの部分集団が追加されたものです.
■数理モデルはワクチン接種法の検証にも適用した.
COVID-19に対し,累積死亡者数を最小化するためのワクチン1回目と2回目の最適な接種間隔を,構造化感染症モデルによって調べ,
ファイザーとアストラゼネカを想定したパラメータでは,いずれも接種間隔が3~4週間よりも長い方が良いという結果を得た.
感度分析では,仮想的なワクチンの2回目の意義が大きいほど,短い接種間隔が最適であるという示唆が得られた.
■研究中課題
均質ではない集団(年齢構造化など)にSIRモデルを適用したり,出生と死亡を含むSIRモデル,平衡解の大域安定性の問題,周期解の存在など興味深い問題の研究も行っている.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
数学月間SGK通信 [2023.08.01] No.484
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
明日8月2日は,日本学術会議公開シンポジウム「数学教育の変遷」で,数学月間についての講演をさせていただきます.
貴重な機会ですので,私は4点(数学月間の心)に絞り話そうと思います.
第1点:
数学月間の起源,背景米国が1986年に国家行事としての数学月間を始めたのは,
「・・・社会と経済の進歩にとって数学が益々重要であるにも拘らず,
米国教育システムのすべての段階で低下する傾向にある.・・・すべてのアメリカ人に対して,
合衆国における数学と数学的教育の重要性を実証する適切な行事や活動に参加することを勧告する.・・・」
レーガン宣言によります.
国家的な行事ですから,毎年4月は,大学,学校,研究所,などそれぞれの立場で数学月間の活動を実践する義務があります.
日本は1950年から米国の統計学者Demingを招聘し品質管理の手法を展開しました.
Demingの思想は,競争でなく協力の体質をはぐくみ,1980年には米国を抜くことになります.
米国はこれに危機感を感じ,日本ができたことがなぜアメリカにはできないと,米国でもDemingの統計的品質管理が見直されます.
米国が賢かったのは,統計学的品質管理にとどまらず,数学一般の啓蒙である数学月間を始めたことです.
日本の数学月間は2005年に片瀬豊が始めました.
第2点:
数学的基礎を疎かにしない米国のAI教育.読解力が重要コンピュータやソフトウエアが発展し,
統計もAIもブラックボックス化しています.ChatGPTもその例です.ブラックボックスを操るのでは実に危うい.
すくなくともAIの専門教育では,数学の基礎を疎かにしない米国を見習うべきです.
線形代数,確率論,情報理論,物理学などの基礎を押さえることが必要です.
さて,AIや統計をブラックボックスとして扱うと,とんでもない結果を導くこともできます.
解釈には常識や読解力が必要です.これらは社会で自然に身に着くものですが,
定義の幅を利用した論点ずらし,部分否定と全否定のすり替え,必要条件と十分条件をわざと区別しないなどの詭弁がまかり通り,
またマスメディアの報道自体が信用できない社会です.
言葉で考えを正しく表現し,表現された考えを正しく理解するために,ビジネス散文教育が必要です.
第3点:
数学は他分野と連携しよう19世紀には,物理学で生まれた微分方程式の解法が解析学を発展させました.
そしていまや数学は,物理学だけでなく人文科学にも浸透して来ました.
数学は孤立して存在し得る特性があり,純粋数学はこれが誇りでもありました.
しかし,他分野との連携がなければ数学の発展はないと考えます.
マーフィーの法則で「言葉が通じなければそれは数学」と揶揄されるようではいけません.
第4点:
応用現場で数学的構成要素を見つける他分野との連携は,教育数学にも必要なことです.
社会主義では抽象的な理論よりも具体的に適用場をもつ理論をこのむようです.
例えば,群論でもドイツやヨーロッパのように抽象群論ではなく,ソ連では結晶空間群(フェドロフ),
磁性構造を記述できる黒白群(シュブニコフ),幾何空間に特性次元を付加した色付き空間群(ベーロフ),
群の拡大理論を用いた一般群(コプツィク)など物理学に応用の根を張ったものになります.
現場に根を張った数学理論を見つけだすということは,教育でも配慮されています.
ロシアで盛んな数学オリンピックもそうですし,科学アカデミーのステクロフ数学研究所発行の『数学的構成要素』にもみられます.
この本は我々の周囲の森羅万象が数学と無縁でないことを,応用事例で示しています.
興味を惹くような先端科学などの86の応用事例が掲載され,それぞれどのような数学が使われているかがわかります.
7月22日の数学月間懇話会(第19回)の報告の続き:
(2) 新型コロナウイルス感染症のデータサイエンスと政策科学;土谷隆(政策研究大学院大学)
■2000年1月から2021年末まで(前半戦:デルタ株まで)
東京都新規陽性者
10月以降下がるのはワクチンの効果.
12月増加するのはオミクロン
発症者数=5日後の新規陽性者数×0.65(非常に役に立つ経験則)
(オミクロンやBA.5では数値が変わるが類似式が成立)
[今日の発症者数は,5日後の新規感染者数に因果関係があるので当然の予想される経験則である]
実効再生産数
[緊急事態宣言下では,確かに実効再生産数は減少する]
■2023年5月まで(オミクロン株ー5類移行まで)
東京都新規陽性者
■ データを振り返る
1.(2021/10/3時点)
デルタ株流行
・行政が把握した国内感染者累積
1,704,845名(都内375,973名),死亡者17,736名(都内2,954名)
・世界に大きな広がりを見せる.特に欧米では流行が激しく,より多くの人命が失われる.社会にとっての大きな脅威.
・国や地域による感染態様の違いが大きい.
・ワクチンが急速に普及しつつあり,国内的にはデルタ株の脅威は去ったように認識されていた.
・特効薬がない.
・いろいろと謎が多い.
2.(2022/7/15時点)
オミクロンBA1流行
・行政が把握した国内感染者累積
10,118,297名(都内1,733,041名),死亡者31,565名(都内4,594名)
・1月からのオミクロン株の流行で国内的には大変だった.
・欧米では,オミクロン以降,規制を緩めて以前の社会が戻りつつある.
・国や地域による感染態様・医療対応の違いが大きい.
・デルタ株までとオミクロン株では状況が大きく変化した
・オミクロンの変異株BA.5の大流行がはじまった.
3.(2023/5/8日時点)
・行政が把握した国内感染者累積
33,803,572名(都内4,388,360名),死亡者74,694名(都内8,126名)
・2022年末から2023年初頭にかけての第8波が到来した.
・第5類への変更が行われた.
■ 陽性率についてのデータ
無症状者のモニタリング検査
2021年8月の東京の陽性率 0.3% (デルタ株)
2022年2月の東京の陽性率 9% (オミクロン株)
このデータからは,21年8月時点の新規感染者の低下傾向は,集団免疫ではなくワクチンの普及による.22年2月以降は集団免疫形成の効果が出ていると推定される.
■ 推定の方法
次の階差方程式を用いる:
$${I(t+1)=I(t)+\beta(t)I(t)-\beta(t-D)I(t-D)}$$
人口を$${N}$$とする.$${S(t)+I(t)+R(t)=N}$$ の条件がある.
$${t}$$ 日目の未感染者数$${S(t)}$$
$${t}$$ 日目の感染者数$${I(t)}$$
$${t}$$ 日目の回復者数(+死亡者数;回復者は再感染しない)$${R(t)}$$
未感染者が減少すると感染能力$${\beta(t)}$$の減少効果となるから
$${\beta(t)}$$を$${\beta(t)(S(t)/N)}$$で置き換え補正する.
デルタ株
社会にまん延することはなかった.まん延したら手の施しようがないのでとにかく感染者を増やさないことに社会として力を注いだ.
いくつかの流行の波が去っても免疫を持っている人は高々10%程度.
社会の集団としての免疫は結果的にワクチンによって人工的に実現された.
オミクロン株
デルタ株までに比べて感染者数が大きく増えた.一方,比較的重症者が少ないことが指摘され,また,南アやイギリス等で流行が2ヶ月程度でピークアウトし大きく減少することが報告されていた.
これは,社会の多数が免疫を取得したためと解釈できる.(これに近いことが起こっていると考えられることを日本のデータで検証する.)
■ 感染発病のモデル
感染してから潜伏期間が約5日あり,感染者は感染してから5日目から9日目位まで感染源になり得る.この期間を世代期間$${D}$$[感染源となり得る日数]という.
PCR検査には3あるいは4日目から11日目位まで陽性が出る可能性がある.
行政が把握する感染者(新規陽性者)の85%は, 発熱等の有症状であった.
行政が把握している感染者の10倍程度$${C}$$の感染者がいる.つまり,
行政が発表した感染数に対して,実際の感染源になりうる感染者数(未発症の感染者含む)は$${C}$$倍いる.
既に7-8割の人が免疫を持っている(2022年3月下旬で).
これらの,潜伏期日数,世代期間,実際の感染者数と行政の把握している感染者数の比などの数値を,モデルによるシミュレーションと実際のデータをフィットして推定した.
特に,オミクロン株に対しての潜伏期間は2-3日,世代期間は2日程度で,非常に早く感染が広がると言われているが,データに見られる正月3ヶ日での遅延を解析し,潜伏期間5日,世代期間7-8日を得た.この違いは,感染源と感染者を特定する疫学的調査に基づかず,統計的にデータをフィットしたのですべての感染経路が考慮できているためである.
「幾何級数(指数関数)的に成長する」という言い回しは,日常語でよく使われる.数列 $$ \{b_1, b_2, b_3, ……..\} $$で,$${b_{n+1}=b_{n}q}$$のような数列を幾何級数と呼び,$${q}$$は公比である.次のようにも書ける$${b_n=b_1q^{n-1 } }$$
$${q>1}$$なら数列は増加し,$${0<q<1}$$ なら数列は減少する.
幾何級数的に説明できるいくつかの例を見てみよう.1.チェスの起源に関する最も有名な伝説がある.昔々,古代インドで,セッサという賢者が新しいゲームのルールを考案し,シェラム王にプレゼントした.王は魅了され,ゲームの考案者に自分の報酬を選ぶよう招いた.彼は自分の報酬を次のように選んだ.王様は,ボードの最初のマスに小麦を1粒置く,2番目のマスに2粒,3番目のマスに4粒というように,次のマスには前のマスの2倍の麦粒を置かなければならない.幾何級数的な増加である.$${b_1=1}$$,$${q=2}$$という「ささやかな」要求を満たすことは不可能だった.地球全体の収穫を何千年もかけて行わなければならない量である.
2.幾何級数の想像を絶する成長は,ただ紙を折るだけでも感じることができる.二つ折りにすると紙の厚さは2倍になり,それを二つ折りにすると4倍になる.すぐに実践できる実用的な可能性がなくなってしまう.一枚の紙を42回折ることができたと仮定すると,その厚さは地球から月までの距離よりも大きくなる.
3.数列が減少する性質の例:冒頭の図のように歯車の連鎖を作ってみよう.歯車の連鎖は前の連鎖の5倍遅く回転するとする.この連鎖は十分に長いと仮定する.もし,最初の歯車の車軸を高速で回転させ始めたとしても,最後の歯車は実質的に回転しない.例えば,連鎖に17個の歯車があり,最初の歯車が1秒間に1回転するとすると,「20年後」最後の歯車は1/1000回転もしない.だから,壁に永久に固定したも同然である.この先何年もの間,動かないのだ!これは儚い人間の人生から見れば,実用的無限といえる.「指数関数的に成長する」という表現は,これに非常に近い意味を持つ.
もしパラメータ$${n}$$が離散時間であるなら,$${b_{n+1}=b_1q^n}$$の式は,時間における量の急激な変化の記述とみなすことができる.高速連続過程では,$${y(t)=bq^t}$$の形の関数が現れ,これは指数関数と呼ばれる.したがって,関連する用語は指数関数的成長である.
応用:私たちを取り巻く世界
数学:幾何級数
『数学的構成要素』p.94-95より抜粋
18世紀前半,ヨハン・セバスティアン・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』が出版されました.平均律音階というのは,隣り合う音の周波数比$${q}$$を一定にして,1オクターブを12の音で構成したものです.
例えば,周波数$${f}$$の音から始めると,
$${ \{ f, fq, fq^2, …., fq^{12}=2f \} }$$ ,13番目の音はオクターブとなります.
$${q^{12}=2}$$を解くと,$${q=\sqrt[12]{2}=1.059463…}$$
隣り合う音の周波数比$${q}$$を一定にした(平均律)ことで,どの音から始めても同じ音階の平行移動ができ(移調ができる),図のようなピアノの鍵盤が作れるのです.黒鍵,白鍵すべてで隣り合うもの同士が半音階(周波数比$${q}$$)になっています.
バッハの平均律が凄い発明というのは,簡単な周波数比になる2音は心地よく響き和音を作るわけですが,完全5度,完全4度などの和音を良い精度で近似できるからです.
自分自身の音との間隔を完全1度といいます.完全5度とは,例えば,A(ラ)とE(ミ)のような純正律なら周波数比が$${2:3}$$になるような2音の間隔で,平均律では,$${q^7=1.4983 \fallingdotseq3/2}$$の周波数比です.
完全4度とは,例えば,E(ミ)とA(ラ)のような純正律なら周波数比が$${3:4}$$になるような2音の間隔で,平均律では,$${q^5=1.3348 \fallingdotseq4/3}$$の周波数比です.
このように,平均律の和音の響きは,純正律と異なりますが,非常に良い近似になっていることがわかります.
応用:音楽
数学: 幾何級数、無理数
『数学的構成要素』p.96-97;ただし,説明は全面的に変えた。
コンピュータで表現された画像に対し,加算,減算,乗算,べき乗の演算ができます!フォトショップやSNS用の写真加工のツールなど,ビットマップ画像を扱うコンピュータプログラムは,この算術演算に基づいています.
ビットマップ画像は,スクリーン上の発光画像として表現することができ,
(ピクセル)で構成される長方形の表です.それぞれのセルには,3つの基本色(赤,緑,青)の明るさを表す数値セット$${(r; g; b)}$$が格納されており,この数値でピクセルの色が決まります.$${(r, g, b)}$$の各数値は1バイト[8ビット]として格納,つまり,値の範囲は0から255$${(=2^{8}-1)}$$までの整数です.
0の値は,その色がないこと,255の値は,その色の明るさが最大であることを意味します.
例えば:
$${(0; 0; 0)}$$ - 黒ピクセル,$${(255; 255; 255)}$$ - 白ピクセル,
$${(255; 0; 0; 0)}$$ - 赤ピクセル,$${(0; 100; 0)}$$ - 暗緑色ピクセル,$${(200; 200; 0)}$$ - 黄色ピクセル.
画像に対する算術演算は,ピクセル単位で成分ごとに行われます.等しい位置にあるピクセル $${(r_1; g_1; b_1)}$$と$${(r_2; g_2; b_2)}$$の場合,それらの和は$${(r_1 +r_2; g_1 + g_2; b_1 +b_2)}$$で,積は$${([\frac{r_{1}r_{2 } }{255}]; [\frac{g_{1}g_{2 } }{255}]; [\frac{b_{1}b_{2 } }{255}])}$$となります.
加算で255を超えれば255とし,積の定義で,括弧[]は数の整数部だけを表示します.一般に,加算は明るい点を生成し,乗算は明るさを減じます.
例えば,絵に白い背景を加えると,絵全体が白くぼんやりする.
色のついた絵に「黒い正方形」を乗ずると,正方形の「ブラックホール」ができる.
緑の三角形$${A}$$と赤の円$${B}$$とすると;
これらの演算を適用した直後の結果にはがっかりさせられる.
緑の三角形$${A}$$と赤い円$${B}$$があるとして,
$${A+B}$$の和は交点に黄色のスライスを作る.
(訳者注:白の地の部分はすでに255なので,すでに飽和している)
もし, "ハーフイメージ "$${0.5A+0.5B}$$を作ると,三角形と円の形は変わらないが,色は変化する:図形の交叉は暗い影になり,残り部分は明るくなる.積$${AB}$$では,図形の交叉が暗くなり,他の部分は元の色を保つ.
しかし,単色灰色マスク(つまり黒から白のある階調の画像)を使えば,実用的な問題の大部分は「算術的」に解くことができる.
黒と白のマスク$${M_A}$$ と$${M_B}$$ を考えてみよう.$${A}$$ と $${B}$$ にマスクを乗ずると,物体そのものが白くなり,白い背景が黒くなる.
さらに2つのマスク,$${\overline{M_{A } } }$$と$${\overline{M_{B } } }$$はその「反転」であり,黒と白が入れ替わる.
画像Aにマスク$${M_{A } }$$を乗ずると,黒い背景に三角形の画像ができ,画像Bにマスク$${\overline{M_{A } } }$$を乗ずると,黒い三角形が丸で切り取られる.
結局, 画像$${AM_A + B \overline{M_{A } } }$$は,赤い円$${B}$$上に緑の三角形$${A}$$を重ねたものになる.同様に,$${BM_B + A \overline{M_{B } } }$$ は,緑の三角形上の赤い円を重ね合わせたものになる.
上記のマスクは白黒だったが,"真の "灰色マスクも使われる.たとえば,重ね合わせた画像を半透明にするために使うことができる.黒と白のマスクの直線的な組み合わせである2つの灰色マスクは,円に三角形を重ねた半透明の重ね合わせを作り出す.$${A(0.7M_{A} +0.3 \overline{M_{B } }) + B(0.7 \overline{M_{A } } +0.3M_{B})}$$
また,モノクロ写真をシャープにする「べき乗」など,1枚の画像だけで作業するときに便利なツールもあります.
基本的な操作は,個々のピクセルに対する処理という最も単純なモデルで考えたのですが,周囲のピクセルの色を考慮してピクセルの色を変更するツールも使用されています.例えば,色の平均化は写真をぼかす効果を与えます.
応用:画像処理
数学:算術演算,ベクトル
『数学構成要素』p.126-127より