表紙写真のグラス(リュミナルク製)のデザインは,こちら側の模様の円が凹レンズとして働き,向こう側の模様の円を円内に縮小して映し出すので,あたかもアポロニウスの窓のようです.
■映像が果てしなく繰り返す「インドラの網」
網の上に置かれた真珠は互いに反射し合って,他の真珠を映しだすだけでなく,映っている他の真珠の映像の中に自身の姿をも映しています.世界全体が真珠一つ一つの上に映り,またその姿が別の真珠に映り,これが永遠に続くのです.「インドラの真珠」D.マンフォード, C.シリーズ, D.ライト, 小森洋平 (翻訳),日本評論社は,美しく興味深い数学の本です.
この美しい図形の2次元版は,「アポロニウスの窓」ApolloniusGasketとも呼ばれます.
互いに 接し合う3つの円に接する第4の円を描くのですが,これを次々と繰り返して,どんどん小さくなる円で埋め尽くされる円盤内の世界はフラクタルです.
4つの円の曲率(半径の逆数)をa,b,c,dとすると,
2(a^2+b^2+c^2+d^2)=(a+b+c+d)^2 という,デカルトの発見(1643)した定理が成り立っています.
(参考)⇒三角形の七不思議 (ブルーバックス), 細矢 治夫
■反転によるフラクタル構造
2つの円β,γが互いに接し,かつそれらがアポロニウスの窓の外周円Ωとも接しているとき,これらの接点を通り外周円と直交する円(赤色)を考えましょう.すると,この円で分断された2つのアポロニウスの窓の世界(若草色と黄色)は,この円(赤色)を反転円として,互いに鏡像(反転鏡映)となっています. もし反転円がどんどん小さくなれば,
その小さな領域に大きな世界がどんどん繰り込まれていくので,不思議なフラクタル世界 の美しさが見られます.表紙の図はこのような様子を表しています.色々な反転円を考えれば,無限にある大小さまざまな大きさの円は,
みんな同じ大きさであるとも言えます.それゆえに,円盤内の世界は無限に広いと言い張るのも良いでしょう.
上図は Cinderellaというフリーソフトを用いて描きました.
■円による反転
中心Oの半径rの円による反転は,反転円外の点r1を反転円内の点r2への写像
で,反転像どうしは,r1・r2=r^2を満たします.
もし,反転円の円周上に点があれば,反転像は元の点と同じ位置です(r1=r2=r).
反転操作では,円は円に写像されます.もし,反転円に直交するような円周の円をこの反転円で反転すれば,同一の円の上に写像されます.したがって,円周に直交するような反転円で分断された円の2つの部分は,反転円によるそれぞれの鏡像になります.
反転円が直線なら,反転鏡映は普通の鏡映像になります.
直線鏡の組み合わせで作られる映像は,良く知られた万華鏡ですので,反転円を用いたインドラの網の鏡映像も拡張された万華鏡の映像とみなせます.
■仏教では,「宇宙の一切のものが,一切のものの原因になっていて,
無限の過去からの無数の原因が,どの一人にも,それぞれ反映されている」と考えます.これはまさに単純な因果列ではなく複雑系の考え方ですね.
宮澤賢治に「インドラの網」という小品があります.インドラの網目に縫い付けられた珠玉は,互いに映じ合うと同時に,自分自身も輝いています.
この項目は,反転円の幾何学のほかに,フラクタル,複雑系,双曲幾何の円盤モデル,エッシャーの不思議な世界,万華鏡,などに関連があります.
これらは順次取り上げる予定ですが,拙著「美しい幾何学」技術評論社(2019.9刊)をご覧いただけると幸いです.