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鏡の魔力

投稿日時: 2020/07/20 システム管理者

鏡の中の世界(鏡の後ろの世界)と我々の世界を考えるととても奇妙な感じになります.この不思議な気持ちを以下の文章はよく表しています.引用しましょうーーー


遠い昔,鏡の中の世界と人間の世界とはいまのように別々にはなっていませんでした.その頃は,鏡の中の生き物と人間とは色も形も全く違っていましたが,皆仲よく一緒に暮らしていたのです.鏡を通り抜けて二つの世界を行ったり来たりすることもできました.しかし,ある夜,なんのまえぶれもなしに鏡の中の生き物が地上を侵略し,人間の世界は無秩序になってしまいました.そこで人間は,鏡の中の生き物の正体が<混沌>そのものであることに気づきました.<混沌>の力はとても強力なので,黄帝の魔力以外には彼らを鏡の中に戻すことはできません.そこで,黄帝は鏡の中に混沌を閉じ込めておくため,人間の姿や動きを機械的に模倣するような呪文をかけました.-----鏡の伝説,J.ブリッグス,F.D.ピート,ダイヤモンド社より

■科学知識が浸透した現代でも,鏡が恐ろしいと感じられるときがある.「生殖と鏡は数を増すので,神秘な恐ろしさ」と言ったのは誰だったか.
鏡に向かうと自分の影(=鏡像)が見える.自分の右手を上げれば,影もて手を上げる.ただし左手だ.「自分はここにおり,向こうは影だ」と,自分だけは知っている.しかし,非常によくできた理想的な鏡であったとしたら,この様子を見ている傍観者には,どっちが本物でどっちが影かが見分けられない.もし,自分の後ろにも鏡があったら,その鏡には,後ろ姿の自分が映っている.これは合わせ鏡になるから,前の鏡には,後ろの鏡自体も映る.しかも,前の鏡に映った後ろの鏡の映像には,自分の後姿が映っている.前の鏡に映った後ろの鏡の中を,さらによく見ると,ああ,前の鏡が映っており,しかも自分の前姿の影つきだ.このようにして,2枚の合わせ鏡の中に立つと,映像がつぎつぎと繰り込まれていくのがわかる.自分の前姿と後姿が際限なく繰り返されている無限の世界に出会う.鏡を覗き込む傍観者には,どれが本物で,どれが影だかわからない.このように際限なく(=無限)繰り返される周期性を,格子と呼んだりする.格子の世界を歩いて行くと,繰り返し繰り返し同じ風景が現れる.どこまで歩いても,無限に続く格子の世界.ここには端というものがないのだから,番地もつけられない.いやになってしまう.このような世界は実際にある.結晶の世界がそれである.結晶は原子や分子が並んでできた構造単位が,整然と繰り返し配列しできている.結晶は有限な大きさだから,端はあり,本当の無限に続く格子ではないが,原子や分子は非常に小さいため,繰り返し数は莫大で,10^{22}個も続く.実用的には,無限に続いているとみなしても良いだろう.

■鏡の魔力を楽しめるもう一つの例を引用しますーーー
パイプを吸う男の話[原作:マーティン・アームストロング(英)]より

ある田舎に老人が一人で住んでいた.老人といってもまだ逞しい.人はめったに通らないさびしい道とそこにある小さな家を想像してほしい.庭には草が茂り,家は木立に隠れている.男の居間には5面窓がある.夕方,男は居間の机に向かって座る.外はだんだん暮れていく.地平の空は,赤い夕日の残りに染まるが,すぐに天空から闇が降りてくる.外が暗くなると,自分の影がガラス窓に映るようになる.窓が5面あるので,5つの自分の影が映る.外は真っ暗,木立の枝をゆする風音が聞こえる.男はタバコに火をつける.5つの影もみんなタバコに火をつける.こうして夜が更けていく.毎夜毎夜のことだ.ある晩のこと,男はいつものようにタバコに火をつけた.いつものように,4つの影もタバコに火をつけたが,一番左の影が火をつけたのはパイプだった.......ーーー

万華鏡をのぞくあなたに,今夜何が起こるか?万華鏡内部にある無限の世界に引き込まれたりしないか......これがエピローグです.

■万華鏡の起源は,物理学者ブリュースター卿の特許(1817年)です.私は,これからいろいろな角度の合わせ鏡の実験をしようと思います.それらはどれもワークショップで作ることができます.
合わせ鏡の組み合わせにより,規則正しい周期的な壁紙模様(対称性は平面群で記述される)を作るものもあり,秩序が乱れる壁紙模様もあるが,どちらも美しいものです.万華鏡を作って合わせ鏡の生成する平面群を鑑賞するのがこれから先の主題です.しかしその前に,不思議な鏡の魔力についてもう少し楽しみましょう.

■私の前に鏡があるとします.私の姿が鏡に映っています.ただし,鏡に映った影は私の方を向いていますから,影の左手は私の右手が映ったものです.つまり,鏡の中の世界は,私のいる鏡の前の世界が映ったものですが,左右が逆になった世界です.そのような,左右が逆の世界が鏡の中(鏡の後ろ)に広がっています.鏡の前の世界に居る私が,こっそり鏡の後ろに回ったとしても,鏡の後ろにある影と重なることは不可能です.影は左右が逆になっていますから当然です.鏡の後ろには,私たちの世界と左右が逆の世界が広がっているわけだが,その世界は,現実には私たちの世界の中にあるのです.とても恐ろしいと思いませんか.先ほど,鏡の後ろに回っても,左右が逆だから影と重なることはできないといいましたが,4次元の世界を動くことができれば,左右が逆転している影に重なることは可能です.
鏡の中の世界と我々の世界の混沌がとても不思議な感じがするので,いろいろなSF小説のテーマに使われています.