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べき乗則

投稿日時: 2020/06/01 システム管理者


中西達夫さんの「スパゲッティを巡る旅」は,スパゲッティを適当に砕くと,破片の長さの分布がどのようなものになるかという興味ある実験でした.
興味おありの方は,「数学文化」第21号(2013年)をご覧ください.数学月間懇話会(第10回,2014)でも講演していただきました.このとき観察される「べき乗則」は,社会の関心事の一つである「地震」でも見られます.

地震のテーマはメルマガNo.031('14/09/30)に,複雑系原発の事故雪崩のテーマは「数学文化」第16号(2011年)やメルマガNo.006('14/05/15)に掲載しました.今回は地震のマグニチュードと頻度のべき乗則の話です.

地震のマグニチュードMはエネルギーの対数です.マグニチュードを決めるのにリヒターが発案した当初の定義は便宜的なものでしたが,現在ではもっと理屈に合ったモーメント・マグニチュードが採用されています.
(注)震度というのはその地の揺れ(加速度[ガル])の程度をもとにした段階区分です.

 

地震で解放されるエネルギーは,生じた断層面の面積×平均変位×地層の剛性の積です(大雑把にいえば生じた断層の長さに比例します).
生じた断層の長さが長い方が解放されたエネルギーは大きいし,
地層の剛性が大きいほど大きな歪エネルギーが蓄えることができます.
これらを踏まえ,起こりうる地震の最大エネルギーを見積もるとM9.5程度と考えられています(1960年のチリ地震ではM9.5が観測されている).

地震のマグニチュードMと発生頻度(回/年)nの間にn=10^{a-bM}の関係があるのを,グーテンベルクとリヒターが発見しました.a, bはその地域の地層の剛性などを表す定数(b≒1)ですので,地震のマグニチュードが1つ大きくなるごとに,地震の頻度(回数)は1/10に減ります.ゆえに,これを「べき乗則」とも言います.

地震では,多発しやすいマグニチュードというものがありません(中心値があるようなガウス分布やポアソン分布ではない).べき乗則では,大きな地震ほど少なくはなりますが,M9あたりも起こり得ます.めったにないことですが,そんな巨大な地震に見舞われたなら壊滅的で,大きな地震の被害コストは莫大です.
地震被害コストの総額=Σ被害コスト(Mの関数)×発生確率(Mの関数)
を小さく抑えるのが,最善のリスク対策です.

工場の品質管理を考えましょう.不良品の多くでる日と少なく出る日がありますが,不良品の個数とそのような数の不良品を出す頻度の分布は,ガウス分布,ポアソン分布,ワイブル分布などの中心値を持つ分布ですから,中心値を出した普通の日の対策を検討すればよいわけです.

しかしながら,分布がべき乗則の場合は全く異なります.
頻度は小さいけれど致命的な被害を惹起する巨大地震に対して,
被害が最小となるように備える必要があります.
広域を汚染し人間の尺度に合わない百年もの年月要する原発事故の被害コストは致命的です.原発の再稼働は止めましょう.

クリーン・ルームの塵のサイズ分布も「べき乗則」だと言われています.
もし正規分布に従い,頻度の高い塵サイズがあるなら,そのサイズの塵の発生に特化した対策ができるのですが,「べき乗則」では特別な対策は困難です.幸いなことにこのケースでは,大きなサイズの塵が桁外れに大きな被害コストを与えると言う訳でもありませんし命に係わることもありません.
べき乗則は,大規模停電,原発事故,ハリケーン被害などの複雑系でみられます.べき乗則は,小さな事故が雪崩をうって全体に広がる性質と関係があります.関連テーマのバタフライ効果は稿を改めます.

■砕いた破片の分布関数を求める実験は,中西氏の実験したスパゲッティやクラッカーのほかに,凍ったジャガイモを投げて砕く(南デンマーク大,1993年)などいろいろあります.砂山が雪崩を起こす限界傾斜の実験も面白いものです.これらでも「べき乗則」が確認されました.