数学月間だより

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数学月間SGK通信 [2015.06.23] No.069
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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◆数学と諸科学・産業技術との連携
日本学術会議シンポジウム,“礎(いしずえ)の学問:数学
-数学研究と諸科学・産業技術との連携”-が,日本数学会,
日本学術会議数学委員会の主催で,2006.05.17に開催された.
このシンポジウムの狙いは,先端数学研究と異分野
(社会,医学,諸科学,産業など)との連携研究の拠点づくりにある.
その後数回の成果報告会がもたれ,直近では
“数学は世界を変えられるか?「忘れられた科学:数学」から10年
-数学イノベーションの現状と未来”が,2015.04.16に開催された.
異分野の課題の中に,数学が適用できるニーズや,
新しい数学が生れるシーズを発見できるかも知れないのだが,
数学者側から積極的に異分野の課題を理解し,課題の数学的命題化に
力を貸すことが必要だとの意見が出ている.
現実の課題から数学の命題を抽出する所が一番難しいのであり,
数学者はこの段階にも積極的に関与すべきである.

◆数学月間テーマから見る数理科学のトレンド
数学月間は,数学の価値を社会が知ると同時に,
社会からの要請を数学側が知る機会でもある.
国内外の数学月間テーマのトレンドを見ると,ビッグデータや統計学,
複雑系や非線形,モデリングやシミュレーションの話題が増加した.
これらはすべてコンピュータを駆使した数値計算によって
可能になった分野である.具体例を2つ紹介する:
(1)エネルギーの保存される系は,オイラー-ラグランジュ方程式を
立てることができるのだが,一般にはこれは解けない.
物理演習で学んだものは,線形近似で解けるようにしたものだった.
そして,解けない一般の場合にも解の挙動は似たものだろうと想像していた.
しかし,これがだいぶ違う.1900年ポアンカレは,
独立な因果列からなる可積分の方程式はわずかで,
大部分の方程式は非可積分(干渉し合う因果列)であると警鐘をならした.
明日の一つの出来事には,今日の全ての出来事が反映される
-遠方の地で過去に起きた蝶の羽ばたきが,
この地の明日の大風を引き起こす要因になり得る「バタフライ・エフェクト」
の世界である.初期パラメータのわずかな違いで分岐が起きカオスが生じる.
これらは方程式を積分して関数で書き表すことは不可能だが,
コンピュータを用いた数値計算で現象の追跡が可能である.
モデリングとシミュレーションにより現実現象を理解する
「現象数理科学」がさまざまな分野で盛んである.

(2)アモルファス(ガラス)物質の記述にトポロジーが登場した.
結晶は周期的な構造であるので,並進群を核とする準同型写像で
無限に広がる空間を単位胞の中に還元でき記述は簡単である.
アモルファス材料は均一ではあるが周期性はないので
多数の原子を全部記述せねばならず困難である.
アモルファス材料の記述は,古くは動径分布関数による統計的記述であった.
しかし,この記述では,特性の大きく異なるアモルファス構造でも,
同様な動径分布関数を与えてしまう.
そこで,アモルファス構造を特徴づけるいくつかのトポロジー量の定義が
導入された.ガラス構造のネットワーク中に,何員環がどれだけ存在するとか,
ベッチ数や連結数などの特性量,さらにパーシステントホモロジー群
の計算がなされている,これにより詳細なアモルファス構造の記述ができる.
これらのトポロジー量は,大きな原子数のアモルファス構造モデルで,
シミュレーションにより決定された全原子の座標値のビッグデータを
土台にして導出される.

◆市民のための数学月間
完成された抽象的な数学は,取りつき難くそびえる巨大な山脈だ.
身の回りの課題にどのような数学概念が使われているかを具体的に知ると,
数学学習へのモチベーションが高まる.
欧米は日本に比べこのような啓蒙活動がとても充実している.
多くの数学者が,他の領域の科学者と共同研究をしているのは
日本も同様であるが.英国では数学研究の大学生を学校に派遣し,
研究内容を説明させる(大使計画).これは日本もぜひ見習ってほしい活動だ.
当協会の「数学月間」活動のような一般への啓蒙活動は,
成果が不明確なため国家的なプロジェクトから放置される傾向にある.
そして,危機意識のある数学愛好者によってボランテア・ベースの活動が
行われているのが現状である.