7月22日の数学月間懇話会(第19回)の報告の続き:
(2) 新型コロナウイルス感染症のデータサイエンスと政策科学;土谷隆(政策研究大学院大学)
■2000年1月から2021年末まで(前半戦:デルタ株まで)
東京都新規陽性者
10月以降下がるのはワクチンの効果.
12月増加するのはオミクロン
発症者数=5日後の新規陽性者数×0.65(非常に役に立つ経験則)
(オミクロンやBA.5では数値が変わるが類似式が成立)
[今日の発症者数は,5日後の新規感染者数に因果関係があるので当然の予想される経験則である]
実効再生産数
[緊急事態宣言下では,確かに実効再生産数は減少する]
■2023年5月まで(オミクロン株ー5類移行まで)
東京都新規陽性者
■ データを振り返る
1.(2021/10/3時点)
デルタ株流行
・行政が把握した国内感染者累積
1,704,845名(都内375,973名),死亡者17,736名(都内2,954名)
・世界に大きな広がりを見せる.特に欧米では流行が激しく,より多くの人命が失われる.社会にとっての大きな脅威.
・国や地域による感染態様の違いが大きい.
・ワクチンが急速に普及しつつあり,国内的にはデルタ株の脅威は去ったように認識されていた.
・特効薬がない.
・いろいろと謎が多い.
2.(2022/7/15時点)
オミクロンBA1流行
・行政が把握した国内感染者累積
10,118,297名(都内1,733,041名),死亡者31,565名(都内4,594名)
・1月からのオミクロン株の流行で国内的には大変だった.
・欧米では,オミクロン以降,規制を緩めて以前の社会が戻りつつある.
・国や地域による感染態様・医療対応の違いが大きい.
・デルタ株までとオミクロン株では状況が大きく変化した
・オミクロンの変異株BA.5の大流行がはじまった.
3.(2023/5/8日時点)
・行政が把握した国内感染者累積
33,803,572名(都内4,388,360名),死亡者74,694名(都内8,126名)
・2022年末から2023年初頭にかけての第8波が到来した.
・第5類への変更が行われた.
■ 陽性率についてのデータ
無症状者のモニタリング検査
2021年8月の東京の陽性率 0.3% (デルタ株)
2022年2月の東京の陽性率 9% (オミクロン株)
このデータからは,21年8月時点の新規感染者の低下傾向は,集団免疫ではなくワクチンの普及による.22年2月以降は集団免疫形成の効果が出ていると推定される.
■ 推定の方法
次の階差方程式を用いる:
$${I(t+1)=I(t)+\beta(t)I(t)-\beta(t-D)I(t-D)}$$
人口を$${N}$$とする.$${S(t)+I(t)+R(t)=N}$$ の条件がある.
$${t}$$ 日目の未感染者数$${S(t)}$$
$${t}$$ 日目の感染者数$${I(t)}$$
$${t}$$ 日目の回復者数(+死亡者数;回復者は再感染しない)$${R(t)}$$
未感染者が減少すると感染能力$${\beta(t)}$$の減少効果となるから
$${\beta(t)}$$を$${\beta(t)(S(t)/N)}$$で置き換え補正する.
デルタ株
社会にまん延することはなかった.まん延したら手の施しようがないのでとにかく感染者を増やさないことに社会として力を注いだ.
いくつかの流行の波が去っても免疫を持っている人は高々10%程度.
社会の集団としての免疫は結果的にワクチンによって人工的に実現された.
オミクロン株
デルタ株までに比べて感染者数が大きく増えた.一方,比較的重症者が少ないことが指摘され,また,南アやイギリス等で流行が2ヶ月程度でピークアウトし大きく減少することが報告されていた.
これは,社会の多数が免疫を取得したためと解釈できる.(これに近いことが起こっていると考えられることを日本のデータで検証する.)
■ 感染発病のモデル
感染してから潜伏期間が約5日あり,感染者は感染してから5日目から9日目位まで感染源になり得る.この期間を世代期間$${D}$$[感染源となり得る日数]という.
PCR検査には3あるいは4日目から11日目位まで陽性が出る可能性がある.
行政が把握する感染者(新規陽性者)の85%は, 発熱等の有症状であった.
行政が把握している感染者の10倍程度$${C}$$の感染者がいる.つまり,
行政が発表した感染数に対して,実際の感染源になりうる感染者数(未発症の感染者含む)は$${C}$$倍いる.
既に7-8割の人が免疫を持っている(2022年3月下旬で).
これらの,潜伏期日数,世代期間,実際の感染者数と行政の把握している感染者数の比などの数値を,モデルによるシミュレーションと実際のデータをフィットして推定した.
特に,オミクロン株に対しての潜伏期間は2-3日,世代期間は2日程度で,非常に早く感染が広がると言われているが,データに見られる正月3ヶ日での遅延を解析し,潜伏期間5日,世代期間7-8日を得た.この違いは,感染源と感染者を特定する疫学的調査に基づかず,統計的にデータをフィットしたのですべての感染経路が考慮できているためである.