2008/08/06
SGK通信(2008-20)上智大講演会報告
講演会「数学と生命科学--数理モデルを中心として」
主催:上智大学理工学部数学科/情報理工科(「数学月間」参加プログラム)
20人を越す参加者があり,興味深い講演と質疑応答が行われた.両講演とも現象への数学応用の重要性と,米国のMAMに見られるような数学月間活動の意義が言及された.
講演概要を以下に報告します(文責:谷).
■小野晋也(衆議院議員)氏の参加を得た.冒頭に片瀬豊氏の数学月間紹介に続き,小野晋也氏の挨拶があった:
世の木鐸たるマスコミが数学に冷淡であるのは問題である.受験に必要なので数学を勉強するが,そこで縁が切れるのが悪しき世の常である.(小野晋也代議士は)宇宙工学専攻なので,数学はよく使った.しかし,政治の世界に入ってから数学にのらない課題と付き合っている.数学により社会解明の思いがけない解が得られることを期待している.数学者の皆様も社会に向かって数学をわかり易く話す努力が必要であり,数学月間活動は重要である.
■感染症対策における数理モデルの役割
大日康史(国立感染症研究所)
数理モデルによる感染拡大のシミュレーションは,新型インフルエンザやバイオテロなどの対策の有効性評価に必要である.数理モデルには,SIRモデル,ibm(IndividualBasedモデル),Ribm(Realibm)などがある.本研究で用いたRibmとは,実際に調査した個人の移動,所在の記録データ(首都圏では88万人)にもとづき,6分ごとに人々の接触状態(感染の機会)が定義されるものである.新型インフルエンザには,種々のタイプがあり鳥類間の感染は起こるが,鳥から人への感染は血液の濃厚接触などの場合に限られる(豚と人の感染するインフルエンザのタイプは似る).人に感染した場合に,人から人への感染が始まり拡大していく.シミュレーションには,例えば以下のシナリオを用いる:(第1日)初発例が外国で感染.(第3日)帰国.帰宅後(八王子)感染性を持つ.(第4日)出社(丸の内).発症.(第5日)国際医療センターに受診.東京都健康安全研究センターで検査診断.(第6日)対策へ:シミュレーションの結果である首都圏への感染拡大の様子や全国への拡大の様子が示された.どのような対策(外出自粛,地域閉鎖,休校,住民全員が予防服用,....)をとると効果があるかが予測できるシミュレーションが示された.
■数理脳科学と情報幾何
甘利俊一(理化学研究所)
脳は多数のニューロンから構成され,1つのニューロンは約1万個の他のニューロンと結合し信号を得る.ニューラルネットワークはこれらニューロン間の結合強度で決まる.信号として確率密度関数の伝搬を扱うので,確率分布の空間で議論することとなる.情報幾何が取り扱うこのn次元空間(例えば,正規分布の場合には,平均値と分散で規定される2次元空間)においては,リーマン計量の拡張であるフィッシャー情報行列が計量に用いられる.空間内各点での接平面の接続は,アフィン接続の代わりにα-接続(甘利による)が定義される.これはリーマン接続のように内積を保存するものではなく,統計的不変性の要請から生じる.このようにすると,空間をα-平坦とみなすものを定義することが出来,そのような空間を用いると,最尤法やその他による解の探索など情報処理を有効に進めることができる.