2014/07/12
019_完全なる建物:モダーン建築術を支える数学
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数学月間SGK通信 [2014.07.12] No.019
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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完全なる建物:モダーン建築術を支える数学
http://plus.maths.org/issue42/features/foster/index.html
Marianne Freiberger
建築術は,過去に,幾何学に対し素晴らしい業績を残した.自分の住む土地を測る必要性と共に,建物を建てる必要性から,形態と形の理論の研究が起こった.エジプトでの偉大なピラミッド建設から4500年がたった今日,数学は建築術に何ができるだろうか? 昨年[*2006年]の"数学と芸術デザインの連携を探る架け橋会議"(Bridges conference)で, プラスは, Foster + パートナー専門家モデリンググループの二人の建築家Brady PetersとXavier De Kestlierに出会った.彼らの作品を数学的視点から見る.
テームス川にかかるロンドンシティホール.内部の巨大な螺旋階段ケースに注目.
映像©Foster + Partners
Foster+パートナーは,Norman Foster とシニアーパートナーグループが指導する国際的に著名な建築スタジオである. ロンドンの30St Mary Axe (ガーキンGherkinとして知られる)や,ロンドンシティホール,大英博物館の大広場のようなランドマークを作った.進行中のプロジェクトには地上最大建設の一つワシントンDCのスミソニアン研究所の中庭,ロンドンのウエンブリースタジアム,北京国際空港がある.
Foster+パートナープロジェクトには共通な一点がある:巨大.これは,環境に最大限の影響を与えることを意味する.このような巨悪のデザインは,微妙なバランスの技である.建造物は構造的に健全で,美的に快いものであるだけでなく,設計規制,工費の制約,目的に良く合うこと,エネルギー効率の極大化などを遵守しなければならない.デザイン過程は,複雑な最適化問題に要約される.この問題を解く方法が,モダーン建築術と古代エジプトの建築術とで異なる:先進的なデジタルツールが,制約の膨大な配列を分析統合し,最適解を見出す.数学は建設される構造の形,知っておかなければならない物理的特徴を記述する.数学はコンピュータの言語で,モデリングのすべての段階の基礎になっている.
専門家モデリンググループ
Foster+パートナー専門家モデリンググループ(SMG)は,De KestelierとPetersがメンバーになっており,1997年に設立された.SMGの仕事は,建築家を助けて,プロジェクトのバーチャルモデルを創造することだ.”通常,チームは概念を持って我々のもとにやって来る” とDe Kestelierは語る.”スケッチか何かから,さらに発展させたものまである.そこで我々は,CADツールを用いるか,ツールを開発し,モデル作りで彼らを助ける
”パネルを収めた数学的表面.映像提供 ΕBradyPeters
コンピュータの助けを借り,その物理から外観まで,建物のほぼすべての様相を設計することができる.コンピュータ モデルで,建物の周囲を風が流れる様や,建物内部の音波の反響をシミュレートできる.グラフィックプログラムで,異なった数学的な表面を探究し,それらに異なった柄のパネルをはめてみることができる.そして,これらのモデルから手に入る情報のすべては,近年の建築 CAD ツールで最も重要な発明であるパラメトリックモデリングに連動できる.
30St Mary Axeの建築モデル.
映像 © Foster + Partners.
パラメトリックモデリングは,1960年代からあった.しかし,建築家がその力をフルに利用できるようになったのはついこの頃である.モデルは,諸君が建物に加えた変化により影響を受ける他の特徴を再計算せずに,建物のある特定の特徴をいじることを可能にする.これはたいへん強力なデザインツールである.左に示されているガーキンを例にとろう. もし,建物をもっとスリムにしようと思うなら,他の何らかの特徴が犠牲になるだろう.外側ライニングカーブやダイヤモンド型の角度など再計算が必要となる.これはまったくたいへんな仕事量で,もしなされたとしても,手書きであれ再プログラミングであれ,新しいスケッチを描きなおさねばならない.
パラメトリックモデルはこれらのすべてを諸君のためにやってくれる.変えないようにしようと決めた特性は固定されたままで,幾何学的特徴を色々変えることができる.モデルはスプレッドシートのような働きで,建物の特徴を変えることは, スプレッドシートの項目を変えるようなものだ.変化に応じ,ソフトウエアは先に決めた関係を保ちつつ,モデルを再度生成する.丁度スプレッドシートがそのすべての項目を再計算するようにSMG によって提供されたデジタルのツールが装備され,デザインチームは,短期間のうちにデザインオプションの莫大な範囲を探検することができる.チームは建物の幾何学的な特徴を変えて,変化がどのように,?例えば,気流,あるいは音響特性に?影響を与えるかを見ることができる.建てるのが難しいようなどのような複雑な形でも,探究することができ,単純な形へと分解することもできる.必要な材料はどれほどで,コストはいくらかもすばやく見積ることができる.複雑な形がほとんど建設不可能であったためと,最良な環境への適合に科学を充分使いこなせなかったため,数十年前には実現不可能であった建物が建設できるようになった.
ガーキン [*ガーキンとは”キュウリ”のこと]
ガーキンの周囲の気流のモデル.映像 © Foster + Partners.
ガーキン、は SMG が関与したプロジェクトの1つで,形がどのように制約を満足させるように選ばれたかの主要な例である.30St mary Axe の公式名称で,高さ180m,ナイアガラの滝の3倍の高さ.他の高層建築に比べて,3つの際立った特徴がある:方形でなくむしろ丸い.膨らむ中央と先細るトップ.螺旋のデザインに基づいている.これらすべてが,純粋に審美的特徴となることに容易に気づく.だがそれだけでなく,これらは特定の制約を満足させる.
ガーキンサイズの建物の主要な課題は,周囲を吹き抜ける気流だ.ベースから旋風がまきおこり,近隣地域を不快な地にする. この問題を扱うために,SMG は建築家に,乱気流の数学に基づき,建物の空気力学特性をシミュレートするコンピュータモデルを使うように助言した.モデルは円筒状が方形のものより空気の流れへの応答が良く,旋風を減らすことを示した.中央が太く16階で最大直径に達するものが,スリムなものより風の低減の助けになるということもわかった.
強風でくちゃくちゃにならないとしても,高層ビルの隣に立つのは恐ろしい.それは諸君を小さく見せ,低い建物の輝きを奪い,日光を奪い取る.これらの効果を最小に抑えるのは,ガーキンの特有な形である.膨らんだ中央と先細のトップは,下からトップが見えないようにする.かくして諸君を小さいとは感じさせない.太陽と他の景観は底から覗き込める可能性がある.
ガーキンの床面プラン. 映像 © Foster + Partners.
最初に決定されたこと,ガーキンが可能な限り持続可能な建物であるべきということだ.そしてこれは,自然な換気(エアコンの節約のため)と自然の日光照射(光熱費の節約)を最大にする形の選択を意味する.6つの三角形のくさび形を,建物の内部に貫入するように各フロアの円形プランから切り取る.これらは光の井戸の役をする.それらが作る光線は,自然の喚気を促進する.しかしながら,くさび形はお互いの直上には位置していない.空気力学のモデリングは, 1つの床のプランが下の床のに対して数度回転していると,換気が最大になることを示した.それで, くさび形が作るシャフトは建物を昇る螺旋を作り,建物の外形により起こる空気の流れと,最適に相互作用する. くさび形のファサドの窓が自動的に開いて,新鮮な空気を建物に引き込む.慎重に選んだ幾何学の結果として,この建物は,同程度の他の建物に比べて,エネルギーが50%削減されたという.
ガーキンの内部.三角形のくさび形は,床面プランから切り取られる.それらは,光の井戸の役をするし,喚気も促進する.映像 © Foster + Partners.
ロンドンシティホール
ロンドンシティホールは,ロンドン市長,ロンドン議会,大ロンドン当局を収容する.ガラスの使用と内部の巨大ならせん階段が,透明性と民主的プロセスへの近づき易さを象徴しているようである. 外部から見たとき,最も印象的なことは,建物の奇妙な形である.
テムズ川にかかるロンドンシティホール.
テムズ川の土手の上に置かれて,建物は,川原の小石を思わせる.そのまるみが再び民主的な理想を思わせる.けれども,ガーキンと同じように,形が決められたのは,単に形のためだけではなく,エネルギー効率を最大化するためでもある. これを実現する1つの方法は,建物の表面積を最小にすることである.それにより,望まない熱の損失と流入を防ぐことができる. 諸君の中の数学者は,あらゆる形の中で,体積を基準にすると,球形が最も表面積が小さいことを知つている.これが,ロンドンシティホールが球に近い形をしている理由だ.
建物の不均衡も同じくエネルギー効率に貢献する:南面のオーバーハングが,ここの窓を上階の床で陰にして,夏季の冷房需要を低下させる.ガーキンでと同じく,コンピュータモデリングが,建物の中で気流が如何動くか示し,自然の換気が最大になるように建物内の形が選ばれた.実際,建物は冷房を必要としない.同程度のオフィス
スペースのエネルギーに比べ,たつた1/4と伝えられる.
螺旋階段さえ,単に審美的理由で選ばれたのではない.それらの分析の一部として,ロビーの音響効果,人々の声が適切に聞こえるような建物をSMGは設計した.初めは音響効果は,広いホール内をエコーが跳ねるという状態でひどく,何らかの対策が必要だった.Foster+パートナーの過去のプロジェクトの1つが手がかりを提供した:ベルリンの Reichstag は大きいホールを含むが,大きい螺旋の傾斜路があり反響が起きない.SMG はロンドンのシティホールに同様な螺旋階段のモデルを作り,Arup Acoustics会社がこの新モデルの音響効果を分析した.諸君は,以下のアニメーションで,音が階段後ろに閉じ込められ,エコーが減じるのを見ることができる.このアイデアは最終設計に採用された. (アニメーション © Arup Acoustics.)
ロンドンシティホール
ガーキンの全貌.平面パネルが曲面を近似していることに注意.映像 © Foster + Partners
ガーキン,ロンドンシティホール,他の多くのFoster+パートナー作品がたいへんモダーンに見えるのは,外側が曲面であるためだ. これらは,名うての困難さで,建設費が高くなる.そこで幾何学者のチャレンジがある:単純な形から作る一番良い方法は何か?
” これは我々の主たるチャレンジの一つだ,”De Kestelierは語る,”我々のプロジェクトの実に99%は,いかなる曲面も使っていない.例えばガーキン,1種類の曲面パネルはトップにあるレンズのみ.建物が曲面という印象は,多数の多角形の平面パネルで曲面を近似的に作ることで生じる.パネルが多いほど錯視も真実味をおびる.
複雑な表面を記述するこのような平面パネル解を見いだすことで, SMG は専門家になった.De Kestelier が説明するように,幾何学[その形]は,しばしば経済により決定される:”我々は矩形に近いパネルを使う傾向がある.なぜならそれはいっそう経済的であるからだ.資材をカットするとき安くなる.三角形では,多くの材料ロスがあるが,矩形に近いとロスが少ない.矩形に近いと構造が少ないので,視覚的にもさらによい.”これは,表面が完全に矩形から成り立っているロンドンシティホールで例証される.実際、ロンドンシテイホールは,理想的な幾何学形と建設容易さのバランスをとる必要性をよく例証している: 扱い難い丸い形はスライスに切ることで扱われた.スライス一つ一つは,僅かに傾いたコーンで,容易に数学的に記述でき,平面パネルでの近似も容易である.
合理的な設計
数学的な方程式で記述されるコーンのスライス,トーラス,球などの表面は,しばしば,SMGデザインの基礎となる. これらを,バーチャルモデル創造に使うときに,数学的に生成される表面はコンピュータ上で容易に表現できるので,たいへん利点がある.多くの個別座標を蓄え記述する構造ではなく,方程式を蓄えるだけでよい.表面の正確な形は方程式のパラメータを変じて制御できる(例として下図を見よ).平面解はやはり比較的容易に設計できる:ソフトウェアはオリジナルの表面のノードポイント集合に直線を引くようにする.
これらの表面は,関数z=e^-a(x^2-y^2) のグラフである.ここで,3次元座標系は,x,yと垂直z軸である. a は表面の形を決める.第一の表面はa=1 ,第二の表面はa=5 ,第三の表面はa=7 .
数学的に定義された要素の集合からなる複雑な構造を考えるのは,バーチャル世界では有用ではない:実際にどのようにそれを建設するべきかを,建物モデルの建設の一歩一歩のガイドにつくる.合理化のこのプロセスは,もう一つの SMG の仕事の重要な部分だ.前と同じように,数学的な完全性は,実用性のために道を明渡さなければ
ならない:"2?3週間前に,誰かが楕円の一部である壁のプランのことで私のところに来た”De Kestelierは語る.”
もちろん楕円は数学的には描くのは易しい.それをさらに合理化することをなぜ望むのか?さて,私は楕円のこの部分を3つの円弧に合理化することを決めた.理由は,壁の建設で,コンクリート壁用の型が要るためだ.これは全体の形を建設するのに多くの型パネルを使ってなされる.もし諸君が楕円にしたいなら,すべての型パネルは異なっていなければならない:楕円の周囲を進むと,楕円の曲率はたえず変化しつづけるのだから. もし楕円をやめて3つの弧にするなら,諸君が必要とするのは,3セットのパネルだけで,各セットのパネルは同じである.これはずっと簡単になる." 数学者に理想的なものは常に建築家に理想的であるわけではない.”
英国博物館の屋根.設計Foster+パートナー
博才の人
SMG が,建物の外見と気流・音響のような物理現象の双方をモデル化するには,コンピュータプログラミングを使う.幾何学[形]の理解は,デザインと建設プロセスに直結する. 建築家でなく数理科学の専門家なのか?SMGメンバーの8人中7人が,プロの建築家だが,専門的知識は,複雑な幾何学,環境シミュレーションからパラメトリックなデザイン,コンピュータプログラミングにまで及んでいる. グループの8番目のメンバーはエンジニアで,主プログラマーである.
こみいった数学に基づき,物理的特徴をモデリングするとなれば,チームはしばしば専門コンサルタントを使う.”チーム内で予備的な解析を行う.もしさらに知りたければ,別の解析を行う.我々は,専門コンサルタントとデザイナー間の接点となる, ”Petersは説明する.純粋数学,幾何学は如何? どれぐらい複雑なのか? "オフィスに1Aレベルの本がある. ” とDe Kestelierが語る.結局のところ,それはすべて建設可能な構造を作ることに関わり,古典幾何学を越えるものはここでは用いない.
SMG の大部分の活動には数学が付随しているのだが,彼らのデザインとは,仕事に対して制限を与えるものであるとPetersとDe Kestlierは主張する. "悟るべき重要なことは,我々はアーキテクチャで働くプログラマーではなく,プログラミングをするアーキテクトだということだ,”De Kestlierは語る.Ptersは同意する:”我々の主な仕事はモデリングではない.プロジェクトのパラメータは何かを理解し,噛み砕き定義できる規則にする.我々は,何処に適応性があり何処に制限があるかを理解できるようにする.”制限の最適化と建設可能な物体の創造.もちろん,建築家はいつもそうしてきたし,PetersとDe Kesteierも建築の仕事は本質的には変わっていないと思っている.現代のデジタルツールにより,今日の建築家は,過去の世代には夢であったデザインオプションの領域も探索できるようになっただけだ.形と模様,科学とコンピュータの言語として,これらのツールを譲渡処分にしたのは数学だ.数学は,確かにその料金を取り戻している. (訳:谷克彦)
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Xavier(左)とBrady(右)はFoster+Partnersのモデリング専門家メンバーである.
プラスは,ロンドンの数学と芸術ブリッジ会議(2006年)で,二人に出会った.
ブリッジ会議の詳細はウエブサイトhttps://www.bridgesmathart.org/にある.
著者:Marianne Freiberger(プラス編集者)